今回の取材を振り返って (10年10月のアフガン)
今回のアフガン取材を振り返ってみる。まずはISAF軍の中に入れたのが収穫だった。実際にISAF本部のスポークスマンにいろいろと疑問をぶつけて、その回答を聞けたのは、いろいろと勉強になった。彼はドイツの軍人で「米軍の誤爆が、タリバンを増やしているのではないか?」などの、いわゆる「きわどい」質問にも、ちゃんと答えてくれた。
彼の認識の中には「武力だけでは解決しない。食料や教育、病院などインフラ整備を含めた援助が、怒りを鎮め、和平につながる」というものがあった。
つまり「平和貢献」「人道支援」なしには、アフガンを安定させることができない、という理念である。
実際にアフガンで行われていることは、「タリバン掃討」と言う名の、無差別爆撃であり、それが諸悪の根源だと思うのだが、米軍のやり方を変えなければならないという意識はあるようだった。
もう1つ彼の頭にあるのは、「あと4年間で撤退をする」という結論から逆算して、警官やアフガン軍に治安権限を委譲していくプロセスを急ぐ、というものだ。ほぼカブール市内だけしか守れていない、今のアフガン警察と軍を、どのように強化して、タリバン支配地域を安定させていくのか? このあたりの具体的なロードマップはまだ描かれていないようだった。
ISAF軍で出会った人々は、ほとんど全て「日本が巨額の金を出してくれた。感謝している」と語った。50億ドルは莫大な金額だ。このお金が、真に平和に貢献する事業に使われねばならない。米軍やカルザイ政権の賄賂に消えることのないよう、監視が必要だ。
避難民キャンプやインディラガンジー子ども病院を訪問し、やけどの原因をほぼ突き止めることができたのも収穫だったが、少量の医薬品しか援助できなかった。今後の課題は、50億ドルの一部を、病院やキャンプに直接届ける態勢を作ること。国会議員のみなさんや外務省の方々と、ぜひ相談したいと思う。
反省点は、バグラム基地。アフガンで最大の米軍基地であるが、ここに入ることができなかった。理由はいろいろあるが、ここでは結果のみ記す。申請はほぼ通りかけていたのだが、今回は却下された。次回申請が受け付けられれば、バグラム基地の中をのぞくことができる。
秋のアフガンはパミグラントという赤い杏の季節。果物の行商人から1つ50アフガニー(100円)で買って食べたが、これが非常においしい。日本に輸入できれば、爆発的な人気を獲得するだろう。何とかこのパミグラントを利用して、アフガンの農民たちを助けることができないだろうか?パミグラントの名産地は、激戦地となっているカンダハルなのである。
カンダハルの農民たちが潤えば、タリバンには入らないだろう。貧しいので参加する。一時的な援助ではなく、彼ら自身が自立することができれば。
「パミグラントで平和実現」という運動が広がれば面白いかもしれない。
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