手術する金がなかったために

首に腫瘍ができた女性.jpg 写真は首に巨大な腫瘍ができたシャイマさん。(カブール市内避難民キャンプで)

10月8日、いよいよ本日から5度目のカブール。まずは前回と同じくカブール市内のパルワンドゥー、パルワンセ避難民キャンプを訪問。薄汚れたテントと鼻をつく異臭、そして子どもたちの歓声。
「よく来てくれた。毎日祈ってたよ」キャンプの責任者の一人、アブドラさんが握手を求めてくる。「日本人が来たぞー」。子どもたちが騒ぐので、たちまち黒山の人だかりとなる。

アブドラさんによると、パルワンセには70家族が住んでいて、元からいたタジク人の他に、最近はパシュトン人も住み始めたとのこと。キャンプの中に細い道が一本通っていて、タジク側とパシュトン側に分けてある。今年だけで、パシュトン側で6人、タジク側で3人、合計9人の子どもが亡くなったという。

そんな取材をしていたら、首筋に大きな腫瘍を抱えた女性がやって来た。シャイマさん(35)は、カブールとバーミヤンの中間点にあるチャリカールという街で生まれた。旧ソ連が侵略してきて、彼女たちはパキスタンのペシャワールへ逃げた。15年前、首筋に小さな腫瘍が見つかった。手術したかったが、お金がないので放っておいたら腫瘍が徐々に巨大化し、このような姿になった。3年前、住み慣れたペシャワールのキャンプを、パキスタン警察によって追い出され、ここへやってきた。
カブールの病院にも行ったのだが、手術する金はない。
「家族は?」
「子どもが3人、孫が4人」
「子どもや孫もこのキャンプにいるの?」
「はい」
「ちょっと呼んできて」
現れたのが息子のシモーグルさん。あれっ、この息子、見覚えがあるぞ…。
思い出した。今年の6月4日、一緒に1歳半の娘のお墓にお参りした父親ではないか。(過去のブログを参照してください)
そうか、シャイマさんはあの時お参りした娘のおばあさんだったのだ。旧ソ連の侵攻から、この家族は不幸の連続だった。彼女の腫瘍は、おそらく不衛生な生活のためにできたもので、そして巨大化したのは、手術する金がなかったためである。孫娘は今年5月に亡くなり、墓参りにもいけない。坂道を転げ落ちるような人生ではないか。

パルワンセキャンプのすぐ横には、おしゃれなマンションが並ぶ。カブールでは「戦争景気」「復興ビジネス」で巨額の富を手にした人たちがいる。何とかならないのだろうか?「にわか成金たち」から税金を取って、この人々に回すのが、政治の役割だと思うのだが。

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このページは、nishitaniが2010年10月 8日 20:15に書いたブログ記事です。

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