インディラガンジー子ども病院を再訪

水頭症の子ども 1.jpg

10月10日、今日はカブール市内のインディラガンジー子ども病院へ。この病院もすでに4回目の訪問なので、受付にいる守衛のおじさんとも顔見知りになり、すんなりと中へ。
病院長にあいさつし、すぐに「やけど病棟」へ。相変わらず悲惨な状況。全身の3分の1、4分の1に大やけどを負った子どもが、泣き叫びながら治療を受けている。

やけどするパターンは大きく分けて2通り。1つは熱湯。カブールの夜は寒いので、母親が湯を沸かしているときに、子どもがその湯をひっくり返して熱湯を浴びるパターン。これが一番多い。次に暖房器具。寒い夜に暖房に近づきすぎる、または暖房器具に火をつけるときに灯油と一緒に燃え上がるパターン。いずれも生死に関わる大やけどになる。
付き添いの母親には薬を買う余裕がない。明日以降、どんな薬が有効なのかを調べて、まとまった量を支援しようと思う。

次に「がん病棟」へ。水頭症の子どもがいる。8歳半。先天性で足は動かない。しかし知能はしっかりしていて、「名前は?」「学校に行きたい?」などの質問には的確に答えてくれる。カブール郊外に住んでいて、自宅とこの病院を行き来する人生である。薬代と交通費が家計に重くのしかかっている。
白血病の子どもたちがいる。先月、インドから医療NGOがやってきて、薬を大量に支援したので、しばらくはそれで治療が可能になった。しかしすぐに薬もつきてしまうだろう。
この病棟の治療責任者ナシール医師も杖をついて歩く。聞けば2歳のときにポリオにかかり、障害者になったとのこと。この国で重い障害を抱えながら、医師になって人の命を救っている。「あなたの努力を賞賛します」と言うと、笑顔で「私のニックネームはエマール(強い男)です」。
アフガン人もこの医師を賞賛しているのだ。
新生児集中治療室 .jpg


次に新生児集中治療室へ。前回先天性奇形の赤ちゃんがいた病室だ。狭い病室にベッドが並んでいて、一つのベッドに2人の赤ちゃん。酸素吸入している危篤の赤ちゃんの隣で、別の赤ちゃんが泣いている。
うれしいことに、全てのベッドに日の丸が。日本からの緊急援助で、とりあえずベッドは搬入された。しかし薬や保育器などの医療器具は全然足らない。
この状況を撮影し、帰国したら国会で観てもらおうと思う。何しろ日本政府は50億ドルという大金をアフガンに支出するのだ。そのうちの一部がこの病院へ直接回るようにしなければならない。いったん、カルザイ政権に入ってしまうと、金は闇に消えてしまう。直接支援金が届く道筋を作ることが求められている。

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このページは、nishitaniが2010年10月10日 21:09に書いたブログ記事です。

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