サバイさんに密着後、子ども病院へ

サバイさん 通勤.jpg


10月13日、やはり今日もサバイさんの自宅へ。今朝は25歳の弟がいて、彼女を一階まで下ろして、車椅子に乗せる。そして10歳の娘、サファラちゃんが車椅子を押して、通勤する。

車椅子の後を追いかける。渋滞の大通り、手漕ぎの車椅子がゆっくりと進む。カブール市内はどこもかしこも渋滞しているので、時折いらだったドライバーが「プァーン」と大きなクラクションを鳴らして追い抜かしていく。
サバイさんもサファルちゃんも慣れたもので、そんな車の嫌がらせにもびくともせず、平然と進んでいく。
大通りを歩くこと20分、ようやく「マラライ産婦人科病院」に到着。道中、ずっとビデオカメラを回していたので、秘密警察に尋問されるかなと思ったが、大声で注意されただけで、尋問はなかった。今日はツイている。

サバイさんの職場は、病院の入り口にある4畳半ほどの小さな部屋。ここで病院の職員に関する書類や簡単な経理などをしている。
「トイレはどうするの?」
「行きません」
「えっ、ずっと我慢するの?」
「はい、だから仕事中はいっさい水を飲みませんし、食事もしません」。
驚いた。トイレ介護者がいないので、彼女は朝9時から午後3時まで、毎日飲まず喰わずで仕事をしているのだ。

娘のサファルちゃんに何点か質問する。
「学校は?」
「母を家に送り届けてから行きます」
午後3時過ぎから5時まで。つまり2時間くらいしか授業に出れない。
「鉛筆やノートはあるの?」
「ありません」
思わず使っているボールペンを彼女に手渡す。
「日本製の軽くて丈夫な車椅子がほしいです」
今使っているものは15年前に恵んでもらったもので、何回か故障しているし、重いのである。

「雪の日も雨の日も、この車椅子で通勤してきました。この娘には苦労をかけています」。サバイさんは苦しかった日々を思い出すように語る。
日本製の車椅子を次回、手荷物として機内に持ち込めるか?何か良い方法はないか、考えてみよう。

先天奇形のあかちゃん 足指異常.jpg

さて、サバイさんが勤務するマラライ産科病院を後に、今度はインディラガンジー子ども病院へ。
ハビーブ医師と、どんな薬が必要か、支援について打ち合わせた後、新生児集中治療室を再訪する。
「この赤ちゃんは生後4日目だ。先天性異常で肛門がなく、足指が折れ曲がって違う場所についている」。
ハビーブ医師の言葉を待つまでもなく、異常事態に息をのむ。足が反り返って脚についていて、親指がかかとから突き出しているではないか。明らかな遺伝子異常だ。

「どこから来たのか?」。看病する母親に聞くも、彼女はパシュトン語もダリ語も理解しない。アフガン北部、マザリシャリフ郊外に住むウズベク人だった。劣化ウラン弾の影響なのか、それとも別の武器弾薬で環境汚染が進んでいるのか…。アフガン北部もまた、旧ソ連軍やタリバンとドスタム将軍との戦闘、米軍の空爆など約30年に及ぶ戦争で、汚れきっているのだ。

このインディラガンジー病院には数名のインド人医師が働いていたのだが、半年前に、医師たちが住む住居を狙った自爆テロがあり、全てのインド人医師が殺されてしまった。犯人はおそらくパキスタンタリバンだろう。当然だが、その後インド政府は医師を送り込んでいない。

「私は日本に行って、がん治療や外科手術の勉強をしたい。高度な技術を持つアフガン人医師が少ないので、勉強しなければいけない」。ハビーブ医師の願いをかなえてあげたいのはやまやまなのだが…。

明日はハビーブ医師と薬を買い出しにいく。主にやけどの子どもに必要な薬にするつもりだ。ちなみに昨晩熱湯を浴びて担ぎ込まれた1才の子どもは、今朝亡くなってしまった。薬やガーゼを急いで買わねばならない。


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このページは、nishitaniが2010年10月13日 21:20に書いたブログ記事です。

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