がん病棟を訪問後、キャンプで毛布を配る

絵を持って喜ぶ子ども.JPG 写真は高宮さんが描いた絵を持って喜ぶ白血病の子ども

12月6日午前9時、スレイマニア大学がん専門病棟を訪問。ここには白血病や各種がん患者が多数入院していて、イスラムの週はじめ、つまり日曜、月曜日には外来患者が廊下にひしめくほどやってくる。入院している重篤ながん患者は大きく2つに分けられる。1つは今回のイラク戦争で使用された劣化ウラン弾によると思われるがん患者と、ハラブジャをはじめとする毒ガス兵器の後遺症によると考えられるがん患者である。
もちろん「国境なき芸能団」がここを訪問するのは初めて。鶴笑さん、高宮さん、阪野さんの3人が少し緊張した面持ちで病院長にあいさつし、病室を見て回る。
それぞれの病室はたたみ12畳ほどの広さで、4床ほどあるベッドに点滴を受ける子どもの姿。抗がん剤の副作用で髪の毛は抜け落ちている。
そんな子どもたちの前で、まずは鶴笑さんが手品でビックリ&微笑ませる。その後高宮さんが「どんな動物が好き?」と尋ねては、ライオンやウサギの絵を描いていく。
病室でマンガを書く高宮さん.JPG

「お母さんを描いて」とは小学6年生の女の子。傍らで看病する母親を気遣っているのだ。3歳の男の子は、鶴笑さんの手品を見ても笑わない。「自分の病気にショックを受けて、この子は笑うことをやめたようだ」と医師の説明。
限られた時間だったので、全ての病室を回ることはできなかった。しかし闘病中の子どものが一瞬でも笑顔を見せてくれたことに感動する。私はこれまで物資を届けてきたが、笑いを届けることの重要性を再度痛感した。
キャンプで毛布を配る .JPG

がん病棟を後に、急いで避難民キャンプへ。昨日注文しておいた毛布が届く。トラックの荷台から、鶴笑さんと阪野さんが毛布を配っていく。キャンプのリーダーが、リストに基づいて「モハンマッド!」と叫ぶと、モハンマド家が毛布を受け取りに前へ出てくる。リストに従って配らないと、一人で何回ももらうヤツや、キャンプ住民以外のヤツらが不正を働くので、このリストが重要だ。
「フセイン!」「ハッサン!」などのかけ声とともに毛布が配られていくが、途中から鶴笑さんがリーダーの声真似をして「モハンマッド!」などと言いながら配るものだから、避難民たちは大笑い。
1時間かけて無事毛布の配布が終了。時刻は午後1時。帰りの飛行機の時間が迫ってきた。「サンキュー、サンキュー」という避難民たちの声を背中に、空港へと急ぐ。
午後3時、スレイマニア〜ドバイ便が予定通りに飛ぶ。イラクでも飛行機が時間通りに飛ぶようになってきた。夜もあまり停電しなくなったし、道路もきれいに整備されてきた。イラクは紆余曲折の後、復興しつつある。建設中ののっぽビルと避難民キャンプ。思えばこの街に初めて来たのは2004年。あの頃この街を訪問する外国人は、ほぼ皆無に等しかった。それから6年後の今、日本から「国境なき芸能団」がこの街にやって来て、落語を演じることができた。おそらく避難民キャンプで落語を演じたのは、世界でこれが初めてではないだろうか?
「また来るでー」。鶴笑さんが遥か下界にかすむスレイマニアの街に向かって手を振っている。日本に帰れば、多くの人にこの成果を報告せねばならない。

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このページは、nishitaniが2010年12月 7日 05:29に書いたブログ記事です。

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