ドバイで技術革新の速さを考える

2011年2月5日早朝、無事ドバイに到着。03年のイラク戦争から、エミレーツ便のドバイ経由で、イラクやアフガン、レバノン、スーダン、パレスティナ…。いろんな国に行ったなぁ、とあらためてこの「激動の10年」を振り返る。

ドバイ国際空港は午前5時というのに、観光客でごった返している。閑古鳥鳴く関空とえらい違い。
しかしその観光客もエジプトには行かないようで、一日3本ほど飛んでいるドバイ〜カイロ便は、ガラガラの状態のようだ。これなら予約なしで乗れそう。

ドバイから先にアフガンへ飛ぶ。多額の支援金を早く毛布と食料、医薬品にして配布して「身軽に」なりたいし、寒い冬を取材するのが目的なので、まずはカブールだ。
何が何やら分からないままツイッターをはじめたので、フォローしてくれる人多数。ありがとうございます。こちらからもフォローしますね。ただパソコンはネットにつながるのに、iPhoneは圏外です。何でやろ?

現地に来る度に感じるのは、「急速な技術発展」。03年当時、バグダッドには通信手段がなく、スラーヤという衛星携帯電話で話をしていた。これは空飛ぶ通信衛星に電波を当てて通話するものなので、数分しゃべるとすぐに切れた。衛星が西の空に沈むと次の衛星を探さねばならない。だからみんな空を見上げて通話していた。

その後携帯電話が普及し始め、ボーダフォンがつながった。「ノキアがつながりやすい」「モトローラーは…」などと話題になっていたのが06年頃。やがて日本の携帯会社も諸外国でつながり始め、私がシリアにいるときでも友人から電話がかかってくる状態になった。友人は私が日本にいると思っているので、のんびりと「また飲みに行こうや」などとしゃべっている。私が「今、シリアなのでこの電話高いで」と言うとすぐに切ったものだった。

そして今、ツイッターにフェースブック、ブログにミキシー、スカイプと何でもありの時代だ。その結果、チュニジアやエジプトで革命が起こった。
サッカーアジアカップで日本がPK戦の末、韓国を下した直後、私のiPhoneにイラクからメッセージが届いた。イラク中部の都市トゥーズ・フルマートゥーという町に住むシンコから「おめでとう。日本勝ったね」という内容。イラクから日本へ普通に携帯メールが届くのだ。

世界は狭くなっているのに、日本人のハートが内向きになっているという。
だが本当はもっともっと世界に出ていくべきなのだ。世界は、少なくとも中東諸国は日本が大好きで日本の進出を待っている。そんなことを考えているうちにカブール行きのフライトが迫ってきた。便利なドバイから、よく停電し、きれいな水も不足するカブールへ。では出発します。

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