無事カイロに到着

コプト教徒の集会.JPG 写真はカイロ中心部 コプト教徒地区の抗議集会


本日早朝、無事ドバイに着きその後カイロへ。カイロでリビア行きの段取りをしながら、まずはタハリール広場へ。ここは今年の2月11日に民衆がムバラク政権を打倒して、いわゆる「お祭り広場」となった場所。
広場では「エジプトのマフィアたち」と題して、ムバラク前大統領やその夫人、側近たちの顔が描かれたペナントが並んでいる。エジプト国旗の横にはパレスティナの国旗、そして「カダフィ後の」リビア国旗が続いている。エジプトの人々は、リビアの反政府勢力を応援しているのかと思いきや、広場の片隅では「カダフィ支持」の人々が気勢を上げていたりする。この国はまだまだ混沌としているようだ。

タハリール広場のすぐ横にはナイル川が流れていて、その橋を渡ると「コプト教地区」に入る。コプト教とは「原始キリスト教」とでもいうべきもので、エジプトでは圧倒的に少数派。10日ほど前に、「コプト教からイスラム教へ改宗した」と言われていた女性が、実はコプト教徒のままでイスラム教徒ではないと、宣言したために、怒ったイスラム教徒がこの女性を殺害し、周囲の人々を巻き込んだ銃撃戦になってしまった。結果、10人のコプト教徒、5人のイスラム教徒が殺されたという。以後、この地区は物々しい警備となっていて、コプト教徒地区入り口には、警官と軍隊がにらみを利かせていて、通行人は全て身体検査を受けないと、道路を通れなくなっている。

この光景は既視感がある。イスラエルの東エルサレムと同じ光景。イスラエルで検問しているのはユダヤ教徒の兵士で、検問を受けながら不自由な生活をしているのがイスラム教徒であるが、こちらでは立場が逆転して、検問しているのがイスラム系の兵士たちである。

タハリール広場では大半の人々が「ムバラクがいなくなって自由になった」と語っていたが、少数ながら「ムバラクがいなくなって治安が悪くなった」と眉をひそめる人もいた。イラクでサダムフセインが倒されて、治安が急速に悪化したが、そんな事態にならなければいいが。
コプト教徒たちが軍に守られながら、ミニ集会をしている。十字架を手に、気勢を上げる人々。集会参加者に女性が多いのは、この暴動のキッカケとなった犠牲者がうら若き女性だったことと関係しているのだろうか?

いずれにしても、その国の民主主義度を測る物差しの1つに「少数民族が大事にされているか」というのがある。ことエジプトに関して言えば、まだまだ民度が高まっているとは言いがたい。独裁者ムバラクを打倒するまでは良かったのだが、その先は一体どうなるのだろうか?


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このページは、nishitaniが2011年5月18日 06:55に書いたブログ記事です。

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