ミスラタへ

5月23日ベンガジ港に大型客船が入船。ミスラタとベンガジを結ぶ船が定期的に往来することになった。本日までは、いつ出るか分からない、何時間かかるか分からない(海の状況で)小型漁船で行くという方法がメーンだった。この定期客船が就航してくれたことは大変ラッキー。早速、チケットを買い、ミスラタを目指す。船内は負傷リビア人であふれている。この戦争で腕や足を失い、ベンガジで治療していた人々が、ミスラタに帰還するのだ。

深夜1時、ベンガジ港を出港。ミスラタまでは約20時間の船の旅。
なぜ船で行くか?それはミスラタ周辺の都市は全てカダフィー側に落ちていて、陸路で行けば、間違いなく「拉致されるか殺される」のである。飛行機は飛ばないので、船しかない。岸壁を離れる瞬間、「いつ戻って来れるか?」と不安になるが、行くしかない。大型客船はトルコ製で、普段はクルージング用に使われていたらしく、船内にはスロットマシーンやミニバーなどがある。もちろん、すべて使えないし、そんな悠長な気分にもなれない。船室でごろ寝。詰めも詰めたり、数百人の乗客が乗り込んでいるので、いったんスペースを離れると、寝るとことがなくなる。ふと、終戦後の引き揚げ船がこんな調子だったんだろうな、と先日聞いた戦争体験者の話を思い出す。
午前3時、あまりの寒さに目を覚ます。毛布なし、海風ピューピュー。同行のカメラマン吉本さんは、半袖なので先ほどから咳き込んでいる。体調が心配。
午前8時、大海原に太陽が昇る。進行方向に向かって左がアフリカ、右がヨーロッパ。時にはイルカが顔を出すという。

午後9時、ようやくミスラタに到着。闇の中で抱き合う人々、救急車のサイレン。けが人を運び出す車が去った後、大型トレーラーに積み込まれて、ミスラタ港を出る。通りには義勇兵。カラシニコフ銃、RPGロケット弾を肩からかけている。通り過ぎるピックアップトラックの荷台には対空砲。あぁついに戦場に来た、と実感。
私たち以外にもイギリスからAP通信やロイターがやって来ていて、ミスラタ市内のコーズアティークホテルにチェックイン。このホテルは3月にカダフィー軍の戦車砲で徹底的に破壊されていて、ガスなし、水道はちょろちょろ、電気たまに停電、という環境だが、もともとは5つ星ホテル。「よくミスラタに来てくれた。宿泊料は無料だ」とマネージャー。ミスラタの状況を世界に伝えるジャーナリストは、当面無料で宿泊させてくれるらしい。

午後11時、停電で真っ暗なホテルの一室。パンパンパンと乾いた銃声がこだましている。義勇兵が空に向かって撃っているのだろう。さすがに疲れがどっと出てくる。水のシャワーを浴びて、泥のように眠る。(続く)

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このページは、nishitaniが2011年5月29日 02:27に書いたブログ記事です。

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