子ども病院再訪&キャンプに毛布 

両手両足を切断する赤ちゃん ブログ用.jpg 写真は、両手両足を切断予定の赤ちゃん

2月8日、今日は朝からインディラガンジー子ども病院に行く。それにしてもこの寒さは何だろう。朝7時で氷点下15度。道路はツルツルに凍っている。
ハビーブ医師と一緒なので、病院の玄関から撮影が可能に。実はこの病院、昨年タリバンから「この病院をターゲットにする」と宣告された。なぜか?病院とアメリカ大使館が近いので、タリバンがここを占拠すれば、病棟の屋上からロケット弾で、大使館を狙えるからだ。よって病院の周囲は物々しい警備。加えて、隣にも病院があって、ここはアフガン軍専用の軍事病院なのだ。よって病院の外でカメラを回すのは厳禁。ハビーブがいなければ、無理なのだ。
玄関で一通り撮影を済ませ、病室へ。
昨日のブログで写真を載せていなかった赤ちゃん。14日前の夕刻、母親は小麦粉をこねてパンを作っていた。アフガンの貧しい家庭にはちゃんとした台所がなく、パン焼き釜は地面を掘って、その中で薄いパン=ナンを焼く。氷点下の気温で、赤ちゃんは少しでも暖かいところに近づこうとする。地面に掘られたパン焼き釜から暖かい空気が流れてくる。この子が釜に近づく。母親は小麦をこねている。そして…。釜の中に落下。突然赤ちゃんがいなくなった。母親はパニックになって探す。どこにもいない。やがて釜の中で焼かれたこの子が発見された…。
この病院に担ぎ込まれたときは、もうすでに手足の細胞は壊死していた。写真の黒ずんだ両手両足を、一両日に切断する。
これがより詳しいストーリーだ。


新生児のICU、集中治療室に入る。重体の子どもたちが酸素吸入を受けている。一つのベッドに2人の子ども。ほとんどが肺炎で危篤状態。この2週間で肺炎患者が急増している。
私の二女宝も、18トリソミーという難病で、かつてこのICUにいた。保育器の前で、家族で祈った。しかし祈りは届かず、二女は星になった。この国では18トリソミーではなく、肺炎というありふれた病気で危篤になる。
生まれつき内蔵が飛び出ていた子ども ブログ用.jpg


写真の子どもは生まれつき内蔵が飛び出していた。ビニール袋にその内蔵が入っている。遺伝子異常による先天性奇形。医師たちは原因について、カメラの前では語ろうとしない。見えない圧力がかかっている。

この病院には国連も政府の支援も届いていないので、今回も薬などを購入して届けることにする。日本の中学生が染めたハンカチやダリ語の絵本などのプレゼントと一緒に。

病院を出て、パルワンドゥー、セ両キャンプへ。支援物資の毛布とテントシートを配る。配布後、みんなで祈ってくれる。リーダーから日本の人々への謝辞。
やはりここにも国連、政府の援助はない。国連難民高等弁務官事務所のカブール本部から、車でわずか20分のところにあるキャンプに、なぜ援助物資が届かないのか?
パルワンドゥーに毛布を配る ブログ用.jpg

このブログを書いている今は、現地時刻で午後5時半。もうすぐ漆黒の闇がやってくる。今日は、強めの照明を持って、今から夜のキャンプを取材する。

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このページは、nishitaniが2012年2月 8日 22:05に書いたブログ記事です。

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