孤児センターと銃撃戦のビルと米軍車列

片手を失ったベドゥインの少年.jpg 写真は地雷で片手を失ったベドウィンの少年。寒い季節、羊を追いかけるのも大変だ。手にしているのは丹波市の中学生が染めてくれたハンカチ。


2月9日、午前9時に孤児施設へ。正式名は「タハエ・マスカン孤児センター」で、アフガン厚労省が管轄している。
孤児センターの前で、羊に生ゴミを食べさせているベドウィンの少年たちがいるので、しばし撮影しながらインタビュー。寒くないか?学校は?などと聞いていくが、ふと見ると長兄の洋服、左手がブラブラしている。
地雷だった。5年前、10歳の時、羊を追いかけていて不思議なものを見つけた。その金属でできた不思議な物は、友人たちと格好のおもちゃになった。そして爆発。友人は失明し、彼は左手を失った。
それから5年、毎日のように羊とロバを追いかけて、時には都会で生ゴミを食べさせ、時には山で雑草を食べさせる。
雪に覆われたこの季節が、彼らにとって最も厳しい季節である。

「タハエ・マスカン孤児センター」では、本日午前中、アッラーに感謝するイスラム式典が行われていて、そこで岩国の高校生とアメリカの高校生が協力して描いた畳1条ほどの大きな絵をプレゼント。英語と日本語で「平和」と書いてある。「平和」の意味を伝える。
絵の後は、京都のYMCAからいただいた、ダリ語と日本語で書かれた絵本と、兵庫県丹波市の和田中学校からあずかっていた、草木染めのハンカチ。校長も、孤児たちも大喜びで受け取ってくれた。
孤児院を出て、カブールの米大使館近く、タリバンが屋上から大使館に向けてロケット弾を放ったビルへ。2ヶ月半前、この建設中のビルに、タリバンが侵入し、ロケット弾を放ち、その後激しい銃撃戦となった。米軍ヘリがやって来て、タリバンを殺害。以後このビルは立ち入り禁止。ビルの正面には武装したアフガン軍。
彼らの目を盗み、ビルを撮影。壁に空いた無数の穴で銃撃戦の激しさがわかる。
米軍 至近距離 ブログ用.jpg

一通り撮影し、帰路につく。すると米軍の装甲車2台が、私たちを猛スピードで追い越していく。ここは米軍基地と大使館に近いので、米軍の車列がたまに通りかかるのだ。カブールを取材して4年目を迎えるが、さすがに米兵の数は減っていて、米兵はめったに表に出て来ないのだが、今日は運良く(運悪く?)米兵に出くわした。
車列のすぐ後ろについて、撮影を始める。サバウーンが距離をとりながら、慎重に車を近づける。撮影開始。米兵との距離50m。その距離を縮めようとすると、装甲車の上から米兵がグーを突き出す。「これ以上近づくな」のサインだ。普通はパーで止めるのだが、米軍はグーサインで止める。そのことを知らずに近づいていった人々が、イラクでもアフガンでも犠牲になっている。
カンダハールでは緑のレーザー光線を浴びた。次に赤が出て、それでも距離をとらなかったら撃たれる。米兵も恐怖心に襲われているので、余裕がない。撃つ方も撃たれる方も、目に見えない恐怖で萎縮している。
さて、明日から2日間はイスラムの連休。退屈な連休をどうすごそうか。

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このページは、nishitaniが2012年2月 9日 19:54に書いたブログ記事です。

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