世界遺産の町 ビブロスにて

トリポリ シリア難民が逃げて来る街並 ブログ用.jpg 写真は、レバノン北部の町トリポリ。貧しい庶民が住むエリアで、写真の奥のビル手前が「シリア通り」。つまり奥側が「親アサド」で、手前側が「反アサド」である。


本日までに取材したことを簡単にまとめておく。現在宿泊しているホテルにはネットがなく、アップできる時間が限られているため、昨日のブログは説明不足だった。
まずレバノンにおけるシリア難民の状況について。
急激に難民の数は増えているが、ここには国連もいなければ、レバノン政府からの援助もない。なぜか?
まずはレバノン政府。ここレバノンは微妙な力関係の上に、行政が成り立っている。すなわち、キリスト教マロン派、イスラム教スンニ派、そしてシーア派。それぞれの宗派代表が、水面下で駆け引きしながら、辛うじて内戦になるのを防いできた十数年間だった。
最近勢力を増しているのが、シーア派のヒズボラ。アサドはアラウィー派、つまりシーアの流れを汲んでいる宗派に属していて、06年のイスラエル対ヒズボラの闘いの際には、シリア経由でイランから武器が供給された。
ヒズボラにしてみれば、「恩があるアサド」を裏切るわけにはいかないし、アサドの後ろにはイランがついているので、イランに逆らうことはできない。
つまりレバノン政府は、公然とアサド政権を批判することができない。
国連について。
現在、アナンの停戦合意条件に基づき、停戦監視団がシリアに派遣されている。まだそんな状況の中で、公然とレバノンに国連が入って来るに至っていないのだろう。もちろん、シリアの後ろ盾であるロシアの意向もあり、国連として一体となった動きがとりづらいのかもしれない。
レバノン北部のトリポリであるが、この町にはシリアの影響を受けた秘密警察がいて、住民たちはおおっぴらにシリアを批判できない。
日本ではあまり知られていないが、80年代〜90年代にかけて、レバノンでは多数の人々がシリア秘密警察に拉致されて、今も行方不明のままである。
北朝鮮と同じことが、この国で起こっているのだ。
だから、トリポリの人々は、隠れてシリア難民を支援している。昨日は壊れた映画館に住み着いたシリア難民を取材した。6ヶ月間、電気なし、水道なしで過ごしていた。映画館の客席や待ち合いロビーで寝泊まりしている。もちろんその中には子どももたくさんいる。学校にも行けずに、暗い映画館でローソク一本、長い夜を過ごしている。
そしてその生活は…。
おそらく何年も続く。アサド政権が倒れるまで。
昨日は、そんなトリポリでの取材に手間取って、夜間のインタビューになり、ちゃんと撮影できなかった。
本日も朝から好天である。きれいな地中海に、ローマ時代の建物。絵はがきになりそうな景色。こんな素晴らしい国が、ずっと戦争で苦しんでいる。
トリポリ取材の後、できるだけ国境に近づいてみようと思う。昨日はシリア全土で55人殺されているので、おそらく多数の難民が逃げてくるだろう。

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このページは、nishitaniが2012年4月18日 14:00に書いたブログ記事です。

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