強姦され拷問される人々 トリポリにて②

この狭い部屋2つに38人が住んでいる ブログ用.jpg 写真は激戦地ババアムルから逃げてきた家族。この狭い部屋に38人が住む。


4月18日、トリポリで取材開始。昨日暗くて撮影できなかった劇場&映画館へ。舞台の上に土のうが積み上げられている。
今年に入って、トリポリでは「親アサド住民」対「反アサド住民」の対立が激化し、何とこの劇場にも山側、つまり「親アサド住民」の方からロケット弾が飛び込んできたのである。あの土のうには、そのロケット弾に反撃するため、スナイパーが常駐していたという。
2箇所ある映写室が、難民たちの住居になっていた。畳10条ほどの広さに6人が眠る。天井を見れば、確かにロケット弾の着弾によって穴があいている。この町は、内戦になる一歩手前なのである。
映画館を後に、町の風景を撮影する。

「自由シリア」の国旗が、あちこちに張られている。自由シリアの国旗には星が3つ。現在のシリア国旗は星が2つ。①オスマントルコからの解放、②フランスからの解放、で2つ星なのだ。
「自由シリア」は3つ。なぜかというと3つ目は「アサドからの解放」を意味しているのだ。
大きな国旗の前で、子どもたちを撮影する。
「何だ、何だ」と野次馬たちが集まってきて、あちこちから「こっちも撮れ」「フリーシリア!」のかけ声。

調子に乗って撮影していた時だった。
「やばい、シークレットサービス!」通訳ハーミドの声とともに、黒塗りの車から降りてきたのは、銃を持った兵士と、サングラスをかけた、いかつい男2人。「しまった、目立ちすぎたか」。後悔先に立たず。パスポートとIDカードを取り上げられ、しばし尋問を受ける。
男たちが、ベイルートの内務省に電話している隙に、さっきまで回していたテープを抜き取り、ドライバーに渡す。間一髪で映像だけは死守しようという算段だ。
「撮影したカメラを見せろ」。案の定、テープとSDカードの確認。
たった今撮影を始めたばかりで、写真を撮っただけだと説明。SDカードは没収されたが、映像は守ることができた。
昨年パキスタンで捕まった時の経験が生きた。何事も経験しておくものである。

気を取り直して、撮影再開。全ての難民たちは、あの秘密警察を恐れていて、インタビューは覆面で行う。名前は匿名。よって撮影できるのは子どもたちだけ。
イドリスから逃げて来た母親。大学生の娘が行方不明になっている。イドリスの大学にシリア軍が入ってきて、13名の女子学生を強姦し、連れ去っていったのだ。娘は?生きているのか?
後ろ髪を引かれる思いで、残された家族は国境を越えて逃げてきた。13名の娘たちは今頃どうしているのだろうか?

やはり匿名を条件にインタビューに応えてくれた30代の男性。
半年前、ホムスでデモをしていた時に警察に逮捕されてしまった。20㎡くらいの狭い部屋に70名の囚人が詰め込まれた。電気も窓もない部屋で、2時間おきに座って眠る人と立ち上がる人が交代した。その後手錠をはめられ、天井から吊るされて、殴る蹴るの拷問を受けた。
その後「水攻め」が待っていた。
2リットルのペプシと2リットルの水を一気に飲まされ、ペニスをヒモで縛られた。大量の水を排出できない状態で放置された。
2ヶ月間はホムスで、そして4ヶ月間はダマスカスに移送されて、そんな拷問が続いた。ダマスカスでは、「囚人を釈放しろ」という運動が高まっていた。国際社会もアサド政権の拷問を批判し始めた。そして何とか「生きた状態」で、牢屋から解放された。
彼のペニスからは、常時おしっこが漏れている状態。そして二度と子どもを作ることができない身体になった。今も数種類の薬を飲んでいるが、機能が回復するかどうかは不明である。
今日はたくさんの証言を集めた。どれも耳を覆いたくなるような話ばかりだ。
明日は大規模なデモがある。病院は負傷者が満杯だが、秘密警察の目が光っていて、満足に取材できるかどうか?
何とか最善を尽くしたいものだ。


トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 強姦され拷問される人々 トリポリにて②

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/451

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2012年4月19日 01:58に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「世界遺産の町 ビブロスにて」です。

次のブログ記事は「背中を撃たれ、全身を焼かれた人々 トリポリにて③」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01