トリポリ2日目②

国境にて ブログ用.jpg シリア・レバノン国境にて

自由シリア軍兵士たちの隠れ家は、シリア国境を見下ろせる断崖の上にあった。昼間は暑いが、夕暮れ時になると強風が吹き付けてきて、日本より過ごしやすい。兵士たちがバラバラと出てきて、撮影はダメだ!と叫ぶ。シリアに残してきた家族が殺されてしまうし、実は彼ら自身の命も危ない。レバノン政府に見つかれば、逮捕され、母国に送り返されてしまう。そうなれば処刑確実。
なぜレバノン政府が自由シリア軍兵士を捜すのか?
それは「レバノンが事実上シリアの属国」だからだ。特にレバノン在住のヒズボラたちがシリア政府に加担しているので、ヒズボラに影響されたレバノンの秘密警察などに見つかれば大変厄介なことになってしまう。
日本でしか流さない、と説明するが、やはり撮影はダメ。兵士の話を聞き取るのみ。
以下、兵士の証言。
兵士A「内戦が始まるまでは、俺は空軍にいた。内戦が激しくなると、スンニ派兵士には飛行禁止命令が出た。飛行機に乗ってそのまま亡命するのを、政府は恐れたんだ。だから今やパイロットはアラウィー派、シーア派のみだ」
このインタビュー中も、シリア側からボン、ボン、と空爆の音が聞こえる。アサド政権は、スンニ派主体の町を、町ごと破壊している。表面上、この内戦は「宗教戦争」と化してきた。
兵士B「俺たちの部隊に、ヒズボラの兵士が入ってきたよ。シャビーハ(山本さんを殺害したとされる民兵組織)の大部分はヒズボラ兵士で補充されている。俺はスンニ派だから、小銃すら携帯禁止になった」
兵士C「ダマスカスで軍の重要会議がある。会議終了後、スンニ派幹部の車に爆弾が仕掛けられる。軍は今やアラウィー派とシーア派で仕切られている」
—そんな軍隊を、どうやって逃げ出したのか?
「夜間、全速力で逃げ出した。同じ国民を殺す軍隊にいたくなかったからね」と全員が答える。
—逃げ切れなかったら、どうなるのですか?
「これだよ」と全員が一斉に手で首をかききる仕草。家畜のように首を落とされるのだ。
—日本人ジャーナリストが殺されたニュースを知っていますか?
「知ってるよ。政府は真実を知られるのが怖いのさ。革命軍(自由シリア軍のこと)の犯行の可能性?ありえないよ。革命軍は真実を知らせたい。だからジャーナリストは命かけて守るよ」とのこと。

兵士たちは、シリア政府はもちろん、レバノン政府からもウォンテッドであるから、今後もこの隠れ家に身を潜めて過ごすことになる。この内戦が終わるまで。果たしていつまで続くのだろうか。

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このページは、nishitaniが2012年9月 7日 14:44に書いたブログ記事です。

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