トリポリ4日目

両足切断のハスナーさん ブログ用.jpg シリア軍の戦車砲で、夫と2人の子ども、両足をなくしたハスナーさん。

9月8日、トリポリ最終日。今日はシリア内戦で傷ついた人々を取材する。何しろアサド政権は、「スンニ派の町を町ごとつぶす大殺戮」を繰り返しているので、この町の病院は重症者で一杯だ。トリポリ北部の高台にある「アッザハラー病院」もそのうちの1つ。

あまりにも患者が多いので、詳細は27日の報告会後、映像で紹介したいが、このブログでは、ハスナーさん(37)の例を挙げておく。ハスナーさんの事例が、この戦争の本質を表している好例だと思うからだ。
3ヶ月前まで、彼女はホムス県ホムス市ババアムル地区の住民だった。アサド軍は、このババアムルを壊滅させている。戦闘機がやって来て町をじゅうたん爆撃していく。なぜババアムル地区が狙われるかというと、この地区からたくさんの人々が自由シリア軍に参加したからだ。
戦闘機からの空爆と戦車からの砲撃。誰が自由シリア軍で誰が一般市民か、など一切関係なく、手当り次第に砲撃が加えられる。
「もう限界だ」。家にとどまると殺されてしまうと感じたハスナーさん一家は、夫のバイクに息子と娘、そしてハスナーさんの4人乗りで逃げ出した。
空爆が続くババアムル地区の国道を走って逃げている時、一発の戦車砲がバイクを襲った。息子と娘は即死、夫は30時間ほど息があったが、やがて亡くなった。彼女は住民たちが自主的に運営する「地下病院」に収容され、赤十字の車でトリポリまで運ばれた。なぜ「地下病院」で治療を受けたかというと、シリアの公立病院に運ばれたら、病院で殺されてしまうからだ。

そしてこの病院で両足を切断した。

彼女は今、気丈にも、その時の記憶を辿りながら、彼女一家に何があったか、レポートを書いている。
「私自身が生き証人なの。アサド政権軍が何をしたか、私が身をもって証明するわ」。女性がカメラの前で障害を持つ体をさらすことは、特にイスラム圏では、大変勇気のいることだ。
彼女は真っすぐに私のカメラをみつめ、涙も見せずに淡々と子どもを失ったことを語った。傍らには看病する妹。インタビューを許可してくれた担当医師が、「ハスナーは、この体験を本にするだろう。トルストイのようにね」。
私が日本人だと分かると、医師は「おー、俺は日本人を知っているぞ、確かヤスダ…」。フリーの安田純平氏もこの病院を訪れたようだ。

さて、実は私はすでにレバノンを離れ、このブログをトルコのイスタンブールで書いている。今からトルコ東部のハッタイという町へ飛ぶ。明日から一週間ほどは、トルコからのレポートになる。

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このページは、nishitaniが2012年9月 9日 03:17に書いたブログ記事です。

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