国境を越える

ムハンマドとディボー 国境を越える.jpg 暗闇の国境を越える時に世話になったモハンマドとディボー。モハンマドは俳優と見間違うくらいカッコ良かった。(シリア・アナダン市で)

ブログを3日ほど更新していなかったので、心配された方もおられたと思う。無事、トルコ側に帰って来れたので、ブログを再開します。

9月9日、午後10時。ハッタイ県アンタキアのホテルをチェックアウトし、ジハードの車でアルアインという国境の町へ。この町に運び屋の親父が待っていて、私をシリアとの国境まで運んでくれる手はずだ。運び屋アリー(仮名)は、国境のフェンス沿いの村に住んでいて、シリア内戦勃発後、地元トルコのジャーナリストを、違法にシリアに送り込んでいる人物だ。アリーの車に乗り換え、シリアとの国境へ。満天の星空。数㌔先にシリアの灯りが点在する。盛んにアリーが誰かと電話している。電話の主は、シリア側で受け入れてくれる予定の自由シリア軍兵士だった。

田舎なので日本人が珍しいのだろう、近所の人々が寄ってきて、まぁお茶でも飲め、としばし雑談。星空を見上げながら、もう一度ここまで戻って来れるだろうか、絶対にこの星を見納めにしてはいかん、と気合いを入れようとしているのに、「お前は日本人か?」「俺は日本が大好きだ、トヨータ、ホンダ…」。うるさいねん、ちょっと黙っててくれ!

何回目かの電話が合図だった。「ヤッラ、ヤッラ(さあ、行くぞ)」とアリー。暗闇の中、国境の緩衝地帯を歩く。まさか地雷は埋まっていないと思うが、向こうにトルコ軍国境監視小屋があって、そこから白い光がピカッ、ピカッとまたたく。あの光に捉えられるとアウトだ。
アリーは小走りに暗闇を進む。ド近眼で運動不足の私は、ついていくだけで精一杯。と、突然アリーが足を止め、草むらの中にしゃがみ込む。しばし待機。やがて携帯が鳴る。レッツゴー。監視小屋の前を小走りで通り抜ける。

何と暗闇から人がぬっと現れた。頭に大きな荷物を載せた女性と、手を引かれる子どもたち。シリア難民が向こうからこちら側へ抜け出してきたのだ。2家族、およそ10名。「がんばれよ」と声をかけたいが、互いに余裕なし。無言のまますれ違う。
さらに5分ほど暗闇を行く。すると、小さなペンライトを持った青年が、やはり暗闇から現れた。「サラームアレイコム」(こんにちは)と小声で。
ここからはこの青年に手を引かれ、一気に走る。左手にフェンスが見える。
そうかこのフェンスが国境か。
駆け足で1〜2分行くと、フェンスに大きな穴があいている。「ヤッラ。ヤッラ」
フェンスには鉄条網が絡んでいるので、焦って越えようとするとケガをする。慎重にくぐり抜ける。

シリアに入った!

やはり暗闇の緩衝地帯を小走りに進む。数分走ったところで、青年が歩き出す。
どうやら安全地帯に入ったようだ。オリーブ畑のあぜ道に、ランドクルーザーが止まっていた。
「サラームアレイコム。ウエルカムシリア!」。自由シリア軍のモハンマドと、私を案内してくれた青年ディボーと固く握手。ここからアトマ村までわずか10数分のドライブ。

AM0時半、自由シリア軍兵士モハンマドの自宅へ。アハランワサハラン(ようこそ)、地域の兵士たちが出迎えてくれる。遅い夕食をとり、ひとしきり兵士たちの雑談に付き合った後、眠りにつく。タッタッタッタッタ。闇の向こうで銃声が聞こえる。「戦闘か?」「いや、訓練しているんだ」。後で分かったが、このアトマ村はシリアの中では例外的に安全な地域だった。

時折聞こえる銃声の中、兵士たちとごろ寝。しっかり寝ておかないと、明日から激戦地に入るのだ。しかし興奮しているのと、兵士たちのいびきと、銃声でなかなか寝付けない。やがて睡魔が襲ってきた…。

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このページは、nishitaniが2012年9月12日 19:50に書いたブログ記事です。

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