アナダンからアレッポに潜入

隠れ家 から外を見る ブログ用.jpg 隠れ家のベランダから外の景色。2階がパーマ屋で3階が寝室。この日だけで20発以上のロケット弾が飛び込んできた、死ぬかと思った。


アナダンからアレッポまでわずか10キロだが、途中にアサド政権支配地域があるので、直線コースでは入れない。時計回りに大回りして、自由シリア支配地域だけを通って、アレッポをめざす。途中、戦闘機が上空に現れると、その度に車を物陰に隠してやり過ごす。
やがて日没。闇の中をぐねぐねと走ること1時間、国道らしき大通りに出ると、車は全速力で突っ走る。前方に破壊されたバスやトラック。もしかして、ここが…。

「アレッポに入ったよ」と運転手。人口約600万人と言われているシリア第2の都市アレッポ。しかし大通りには破壊された戦車や自動車が無惨な姿をさらしていて、通行人はほぼゼロ。電気が足りてないのか、街灯はもちろん、民家の灯りもまばら。商店はほとんど全てシャッターを下ろしている。
ゴーストタウンだ。
ウーウー。闇の中、サイレンが響き一台の救急車が止まった。怪我人が運び込まれた様子。病院の受付には銃を構えた兵士が数人。住民たちが怪我人を治療する、「地下病院」だ。
撮影したい、止めてくれ!と叫ぶも、「ダメダメ。病院は撮影禁止だ」。
猛スピードで、車はとある商店街の迷路のような一角に滑り込んだ。

「着いたよ」。兵士たちが迷路のような路地に20人ほどたむろしている。古ぼけたビル、1階が散髪屋で2階がパーマ屋。この2階のパーマ屋が、兵士たちの隠れ家になっていた。「サラームアレイコム」。次々と差し出される右手。それぞれに握手してから、「中国人か?」「いや日本人だ」。

パーマ屋の狭い店内では、兵士たちがせっせとカラシニコフ銃に弾を込めているところだった。その中に英語をしゃべる若者がいた。ファラーク。彼の父親がイスラム党の幹部だったため、父アサドが彼の父を弾圧。父アサドはイスラム主義者を危険視して、徹底的に弾圧していた。80年代父は国外追放となった。ファラークはシリア人でありながら、ヨルダンで生まれ、ドバイ、アブダビなどを点々として育った。だから英語がしゃべれるのだ。このシリア内戦で、生まれて初めて故郷の土を踏んだ。彼にしてみれば、今のアサドは、先代からの恨みの対象。
ファラークからひとしきり状況を聞く。「今日だけで戦車を4台もやっつけたよ。最近はこちらにも(自由シリア側)新しいロケット弾が入ってくるようになったからね」。主にカタール、サウジなど湾岸諸国から対戦車砲などが流入しているようだ。

午後10時、やることがないので3階に上がって早めに眠る。それにしても疲れた。パンパンパン。銃声が聞こえる。やがて眠りについた…。
うとうとしはじめたその時、ドッカーン、ドッカーンと2発の爆音で叩き起こされる。近いぞ!もしロケット弾、戦車砲がこのビルに飛び込んできたら…。私の隣では兵士4人がすやすやと眠っている。こいつら、怖くないのか。天井を見上げる。昼間見た、ぺしゃんこになったビルを思い出す。もしあの天井が落ちてきたら、俺は確実に圧死してしまう。隠れようがない。トイレの中の方が柱が多くて安全か?いやそれともベランダの方が…。そんなことを考えていたら、またドッカーン!「おい、さっきより近いぞ。大丈夫か」。さすがに兵士2人がムックリと起きて、「アラー、アクバル」一言叫んで、また眠り出す。
よーこんな状態で寝てられるなー、と感心するも、こちらは恐怖で寝られない。51歳で死ぬのは、まだ早すぎるなー、遺書を書いとかなあかんかな、妻と子ども、実家の両親は泣くだろうな、世間を騒がせるのはイヤだな、などの考えが頭をぐるぐる回っていく。

さらにドカーン、ドカーン、ドカーン。続けて4発入った。その後、タタタッタタ、と乾いた銃声。ボン、ボン、というロケット弾の発射音。こちら側からも反撃しているようだ。さすがに兵士が起き出して、状況を確認している。
「大丈夫だ。いつものことだよ」。4人の兵士が、またすやすやと寝始める。

「あー、大変なところに来てしまったなー」。後悔先に立たず、ドーンドーンという爆音に、「当たれば仕方がないんだ。どうせなら即死の方がいいな」。轟音に慣れつつ、あきらめつつ、自分の人生、命って何だろうと考え始めたのが午前2時頃。するとあれほど入ってきたロケット攻撃がピタッとやんだ。そうか、相手側兵士も眠るんや。戦争とは日常生活の中の非日常。撃ち疲れて、あるいは「今日はこれぐらいにしといたろ」みたいな感覚で日々を過ごしているのだ。
ようやくまどろみ出す。夢の中ではなぜか亡くなったおばあちゃんが出て来た。
おばあちゃんが救いにきてくれたのかな?

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このページは、nishitaniが2012年9月13日 22:15に書いたブログ記事です。

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