アレッポにて

空爆の煙 ブログ用.jpg アサド軍の空爆。ミグ戦闘機で民家を撃つ。一発の空爆で数十人が殺される。

9月11日午前5時起床。起きたのは私だけで、兵士たちはすやすや眠っている。戦闘が激化して2ヶ月。兵士たちにとって、爆音もズシーンと体に響く振動も「蚊に刺された程度」なのだろうか。
午前7時前、ようやく明るくなってきたので隠れ家のベランダから外の景色を撮る。大通りの向こうにモスクのミナレットが見える。無人の町。ドーンという爆音。鳩がビックリして一斉に飛び立つ。
隠れ家の出入り口から思い切って外へ。大通りの向こう側に警備の兵士たちがお茶を飲んでいる。小走りに兵士たちのところへ。
「アハランワサハラン(ようこそ)中国人か?」「いや日本人だ。アレッポの惨状を撮影に来た」。片言のアラビア語でジャーナリストであることを説明する。
兵士たちによると、昨晩聞いたあの爆音は、地対地ミサイル、ハウワーンというもので、一晩で22発撃ち込まれたという。そんな話をしていたら、「俺に着いてこい。爆撃の跡を見せてやる」と1人の兵士。
危なくないか?いや、銃声が止んでいる今、撮影のチャンスかも。せっかくだ、撮れるものみんな撮ろう。
兵士の後ろをついて狭い路地を行く。大通りに面したところで兵士が立ち止まる。「サラーサ、イスナー、ワーヒダ(3、2、1)。ゴー」
ロケット弾で破壊された民家 ブログ用.jpg


走り出す兵士の後をついて、大通りの景色を撮る。通りの中央分離帯のところに大穴。2日前の空爆によるものだ。モスク周囲の商店街が粉々になっている。昨晩の22発のうち、1発がここに当たったようだ。すすだらけの黒くなった商店。2階から煙がまだあがっている。
大通りの対岸にも路地があって、そこに駆け込む。どうやら路地に入っていれば、撃たれることはないようだ。
さきほどのお茶を飲んでいた場所まで戻ると、昨晩のハウワーン地対地ミサイルの破片が並んでいる。「撮れ撮れ」と兵士たち。アサドがいかにひどいことをしているか、報道してくれ、と。
その中に、「俺はヤバニーヤ(山本さんのこと)の棺を担いだよ」という兵士あり。山本さんの殺害現場は、ここからそれほど離れていないのだ。
慣れないアラビア語で取材していると、「グッドモーニング」。学生風の若者が通りを横切ってやってきた。「英語少ししゃべれるよ」。それはありがたい。名前は?「ハッサン・ミット。略してサムと呼んでくれ」。
サムはガスマスクを持っていた。3日前、知り合いの自由シリア軍兵士が、アサド軍兵士を捕まえて所持品を奪ったところ、銃や簡易爆弾(IED)の他にガスマスクがあった。アサド軍が化学兵器を使っているか、使おうとしている証拠だ。サムが使い方を実演する。湾岸戦争でイスラエル市民に配布されたものと同じタイプか?
サムを通訳としてアレッポの町を行く。旧市街の商店街。ほとんど全てシャッターが下ろされ、中には焼けて黒くなった店も。商店街の道路に兵士が寝ている。ホームレスではない。戦闘が激化してから、ずっとここに寝泊まりして、町を防衛している。
最前線の防衛ラインへ。土のうが積まれ、兵士が銃を構えている。アサド軍支配地域とはどれくらい離れている?と聞くと、約300㍍。
ビデオカメラのズームで撮影。あのラウンドアバウトは、すでにアサド側なのだ。
大通りを行くと、長蛇の列に出くわす。
「パンを買いにきた人々だ。戦争になり、パン屋が爆撃された。パンを待つ人々を撮る。ビデオカメラが珍しいのか、この虐殺に抗議するためか、たちまちカメラの前に黒山の人だかり。「アサドを倒せ!」と叫び出す。いつの間にか「自由シリア国旗」を肩にした子どもたちが数人、カメラの前で踊り出す。
パンの行列を後に、さらに町の様子を取材。道ばたに黒こげになった大型のバン。アサド軍兵士を運ぶ車を、自由シリア軍が銃撃した。バンの他に大型バスや戦車が破壊されて、放置されている。
新築商業ビルが粉々になっている。道路にはガラスの破片がギッシリ。さらに行くと、異様なにおいが鼻につき始める。
生ゴミを街角で燃やしている。
「アサドはゴミ収集車を空爆した。町を不衛生にしようとしたんだ。伝染病を流行らせようとね」。
ゴミの山の中で、金目のものを拾い集める少年2人を撮影していたら、ドーンという大きな爆音。近いな。
ゴミの山に別れを告げ、さらに進むと、もうもうと煙が立ちこめているのが見えてきた。さっきの爆音。あれはミグ戦闘機からの空爆で、なんと団地の方角から黒い煙。かなり大きな爆撃だ。おそらくあの一発で何十人と殺されただろう。あの団地に住んでいる人々が、すでに避難してくれていればいいのだが。
煙に向かって進むが、あの空爆の場所に近づきすぎるのは危険だ。まだ上空には戦闘機がいて、次の空爆を狙っている。
町の中心部にも大きな空爆跡。一昨日の空爆、一発の爆弾で70人が殺された。ビルの地下には大きな穴があき、その穴に水道水が溜って池になっている。穴の中にはベッドの枠、鏡台、時計、食卓など生活用品が水の中に沈んでいる。
「危ないぞ!」。サムが注意する。上部の壁が崩れ落ちる危険があるので、中に入ることができないらしい。
70名が殺されたビルのすぐそばのビルでは、住民たちが避難を始めていた。軽トラックに家財道具を積む人々。アレッポから地方都市へ逃げる予定だ。確かにここに住み続けるのは危険すぎる。アレッポは人の住めない町になりつつある。
無事、元の隠れ家に戻る。午後2時頃、戦闘がピークに。あちこちでパンパンパンと銃撃戦の音がこだまする。シュルシュルシュルーと不気味な音がして、ドッカーンと爆音が続く。ハウワーン(地対地ミサイル)の連射。生きた心地がしない。隠れ家の兵士は「ノープロブレム」と笑うが、すぐ先のモスクに落ちて、モスクから煙が上がっている。20㍍ほどしか離れていない。
夕刻4時、ようやく「ハウワーンの雨」が止む。弾切れか?
ハウワーンが止まったと思ったら、今度は戦闘ヘリがやって来た。空から銃撃している。地上から応戦しているのだろう、パンパンパンという銃声が響く。これ以上、ここにとどまるのは危険だ。アナダンへ帰るという兵士たちがいるので、その車に乗せてもらうことにする。

自由シリア軍の隠れ家の前で ブログ用.jpg


午後5時。アレッポの町を出る。上空にはまだアサドのヘリがいる。この車が狙われるかどうか、「神のみぞ知る」。運を天にまかせて、ゴーストタウンとなったアレッポの町を突っ走る。アレッポの市街地を抜けるのに約30分。緊張の時間、ヘリからの銃撃はなかった。マーシャアッラー(神の祝福あれ)。
アレッポを無事抜けることができた。やがて日没。もう大丈夫だ。アナダンまであと2時間。あとはトルコとの国境を無事越えられるかどうか、だけだ。

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このページは、nishitaniが2012年9月17日 11:05に書いたブログ記事です。

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