モンゴル東部のウラン鉱へ ①

チンギスハーンの像 ブログ用.jpg


11月15日、ウランバートルを出発。レンスキーが、反核を訴える新聞500部とドイツ製のガイガーカウンターを積み込む。この新聞を現地の人々に配りつつ、ウラン鉱山を取材するのだ。2〜3日分の食料を買い出して、いざ出発。
目的地はモンゴル東部の町チョイバルサン。チョイバルサンというのは、社会主義時代のモンゴルの指導者の名前で、良くも悪くもかつてのモンゴルを象徴する人物。近隣する大国中国、ソ連からモンゴルの独立を勝ち取ったのだが、旧ソ連スターリンの「指導」の下で、多くのラマ僧、対立する政治家を殺害した人物でもある。宗教弾圧、対立する政治家の粛正という点では「ちょい悪サン」ではなく、「大悪サン」なのだ。
モンゴルでは、このような政治家の名前をそのまま使っている町があって、まぁ日本でいえば、新潟県長岡市を「田中角栄」と呼んでいるようなものだ。
ウランバートルから東へまずは舗装道路が続く。零下10度の氷の世界だが、ランドクルーザーは快適に飛ばす。数十㌔行くと、銀色に輝くチンギスハーンの巨大な像。チンギスハーンがここで育ったとのこと。像の高さは53㍍あり、ニューヨークの自由の女神より高いそうだ。舗装道路をひたすら東へ。夕闇が迫り、夜の帳が下りる。

午後8時、雪の中ウンドルハーンという町に到着。草原の中に突如町が現れるという感覚で、町の灯りにホッとする。遅い夕食をすませ、さらに東へ。
ウンドルハーンからチョイバルサンまでは、草原の中に刻まれたワダチを行く。真っ暗闇の中で、時折ワダチが分かれていく。地図もカーナビもないのに、運転手のドルチェは、的確にチョイバルサンへのワダチを選んでいく。「経験だよ。何度も行ってるから」。ドルチョが笑う。
深夜1時、うとうとしていたら突然車が止まる。「パンクだ」。ドルチョが慣れた手つきでタイヤ交換。見上げれば満天の星空。天の川が見える。これだけの星空を見たのは、95年、砂漠化が進むタンザニアのドドマ以来。
さらに東へ草原を走る。「オオカミだ!」レンスキーが叫ぶ。指笛を鳴らし、草原を逃げるオオカミを追いかける。モンゴル人にとってオオカミは大変縁起のいい動物で、本日遭遇したのは「白オオカミ」。オオカミの中でも最も縁起が良いのは白いオオカミだそうな。
草原の中、デコボコ道をランドクルーザーは飛ばしていく。時折頭を天井にぶつけそうになるくらいの悪路だったが、午前5時、無事、チョイバルサンに到着。ホテルにチェックインして午前11時まで泥のように眠る。
闇の軽油 ブログ用.jpg

11月16日、チョイバルサンでガソリンを入れておかないと、草原で立ち往生する。ガソリンスタンドへ。ガソリンは売っているが軽油はない。私たちの車はディーゼルのランドクルーザーなので、軽油がないと困る。スタンドの横では闇で売る業者が、値段を吊り上げて売っている。背後に政治家がいるのか?こいつらは間違いなく「ちょい悪さん」である。
チョイバルサンの小さな街を出ると、広大な草原が広がる。地平線までずっと雪の白と枯れた草の茶色。車のワダチが一筋、延々と続いている。
草原のデコボコ道を走ること2時間、突如、14〜15ほどある団地群。鉄筋コンクリートの団地の周囲には、壊れた家屋。ここが目的地のマルダイだ。
マルダイでは1980年代後半から96年にかけて、旧ソ連がウランを掘り出していた。この壊れた団地と家屋は、鉱山労働者のための社宅だったのだ。
粉々に破壊された家屋と、そのまま残っている家屋が点在する。イラクやシリアで見た空爆を思い出すが、戦争で破壊されたのではなく、地元のモンゴル人が鉄筋やコンクリートを持ち運んだのである。
その中に煙突から煙が上がっている家を発見。旧ソ連時代のウラン鉱労働者の社宅に、ちゃっかりと住み着いているのだ。
夕刻5時、あたりは暗闇に包まれる。冬のモンゴルは日照時間が短い。マルダイの、この壊れた社宅群の中の一軒に泊めてもらおうと交渉するが、電気も人数分の毛布もない。
仕方なく、マルダイ宿泊をあきらめ、北に数十㌔離れたダシュバルバルという町をめざす。真っ暗闇の中、ドルチェは間違うことなく草原を行く。地図もないし、カーナビもコンパスもない。経験だけで目的地に着くことができるのは、やはり彼の中に遊牧民の血が流れているのだろう。
「山の形や点在する丘の数などを見て、方向が分かる」というからたいしたものだ。
ダシュバルバルの安宿 ブログ用.jpg

午後7時、ようやくダシュバルバルに到着。村で一軒しかない安宿に泊まり、モンゴルウォッカで乾杯。このモンゴルウォッカと水餃子は癖になるなー。


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このページは、nishitaniが2012年11月19日 19:17に書いたブログ記事です。

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