2013年7月アーカイブ

焼き討ちされたコプト教の教会を護衛するエジプト警察.jpg 写真はエジプトのカイロ。焼き討ちされたコプト教会の周囲を警戒するエジプト警察。11年5月、アラブの春後に撮影。


2年前の5月、エジプトのカイロに行き、そこでさっと取材してからリビアをめざした。カイロのタハリール広場は、革命の熱気がようやく収まった頃で、広場を埋め尽くした群衆は家路につき、広場のあちこちには「カダフィー支持派の小集会」や「反カダフィー支持派の小規模デモ」などが行われていた。リビアやシリアと違って、エジプトは大規模な内戦に至らずに「アラブの春」を成就させたので、社会は安定しているように見えた。
しかし観光客は激減していた。リビアに行くまでに余裕があったので、ピラミッドを見に行った。エジプトのピラミッドは砂漠の中にあるイメージだが、カイロから車で1時間。周辺にはマンションが建っていて、「あー、こんな都会にあるんや」とちょっとガッカリする。ピラミッドに着くと、数十頭の「ラクダの群れ」が出迎えてくれる。ラクダに乗れ、と観光ガイドたちが迫ってくる。「アラブの春」以降、エジプトを訪れる観光客が激減したので、「ラクダ使いたち」が久々に訪れてくれた観光客=私を奪い合っていたのだ。おそらく今回の軍事クーデターで、またまた観光客が激減するので、彼らはラクダのエサ代にも事欠くことになるだろう。「アラブの春」は成就したが、人々の生活は余計に苦しくなっているようだった。
カイロの中心を流れるナイル川。エジプトはナイルのたまもの、この川がなければ文明は起こっていない。そのナイル川のほとりにコプト教徒居住区が広がっている。コプト教徒はエジプトに住む「原始キリスト教」の人々で、人口の約7〜10%を占めるマイノリティーだ。「アラブの春」で独裁者ムバラクが倒された。台頭したのが「イスラム過激派」だった。一部のイスラム過激派が、コプト教徒の女性に、イスラムへの改宗を迫った。彼女は脅迫に屈して「イスラム教徒になる」と約束した。喜んだイスラム過激派は、彼女をテレビに登場させ、イスラム教徒への改宗を宣言させようとした。ところが彼女はオンエア本番、涙ながらに「やっぱり私はコプトです」と訴えた。
この後、暴動が起こった。何者かがコプト居住区にやってきて、町に火をつけ、そして住民5人を射殺してしまったのだ。今やこの町は出入り口に軍が検問所を置いて、全ての人が持ち物検査をされる「ゲートシティ」になった。別のコプト居住区では、教会が何者かに放火されていた。独裁者を倒したのはいいが、治安が悪化し、軍が町のあちこちに出没していた。
あれから丸2年、ムスリム同胞団のムルシ政権が、民衆デモとクーデターで倒され、軍主導の暫定政権に移行した。「アラブの春」は振り出しに戻ったかのようだ。個人的には、私はムスリム同胞団も軍隊も好きではない。政治の中に宗教が入り込むのはイヤだが、かといって選挙で選ばれた政権を暴力で倒してよいというものでもない。このクーデターは正当化されないし、今後いくら「民主的な選挙だ」と主張しても、ムスリム同胞団をはじめとする勢力は、選挙に参加しないだろうし、彼らは反クーデターデモを続けるだろう。エジプトには大きな亀裂が入ったし、この亀裂は元には戻らない。
反ムルシの民衆デモには、それなりの意義があったと思う。選挙で選ばれたからといって、何をしても良いというものではない。過半数ギリギリで当選したムルシ大統領は、同胞団だけを登用するのではなく、少数意見も取り入れながら、まずは貧困問題や観光客復帰のカギとなる治安改善問題に取り組むべきだった。グローバリズムという名の格差拡大、若者の貧困&失業問題がデモの背景にあった。ムルシでは生活が良くならない、俺たちの求めていた民主主義と違う…。そんな不満を持った若者たちが、再度、タハリール広場に集まった。そんな若者たちのエネルギーを利用して、一番イヤなヤツらが「革命の成果」をクーデターという形でかすめ取った…。
クーデターの背後に、アメリカとイスラエルの意向があると思う。特にイスラエルはムスリム同胞団の台頭を良く思っていない。パレスティナのハマスは元々「ムスリム同胞団ガザ支部」で、エジプトに同胞団の政権ができたことは彼らには脅威だった。
そしてシリアである。シリアの自由シリア軍は、実質的にはスンニ派=同胞団の影響下にある。アサドは早晩倒されるので、シリアにもまた「同胞団政権」ができる可能性が高い。イスラエルにとってみれば、西も東も同胞団に囲まれることになる。欧米には「アサドの方がマシ」と思っている勢力もいるので、シリアで虐殺が繰り返されても平和維持のために介入してこなかった。石油の出るリビアでは、カダフィー打倒!ですぐに軍事介入したが、シリアを見殺しにしているのは、そんな「イスラエルをめぐる力学」が働いているからだろう。欧米、イスラエルにとっては、ムスリム同胞団とアサドが互いに戦って、弱体化するのが好ましい。住民を分断させておいた方が大国には都合がいいのだ。
さてエジプトは今後は?
やはり「住民分断の法則」で考えると、世俗派と同胞団の間にくさびを撃ち込み、軍隊に管理させる。その軍には欧米の金が流れ込むので、実質的には欧米の意向で動く。もちろん軍が統治するということは、軍産複合体と、その株式を持っている金融資本が大喜びするということになる。むなしさだけが残る結果にならなければいいが。

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