アフガン4日目 避難民キャンプと無人偵察飛行船

板橋チャン.jpg

ユニセフの大使?か。板橋さんと子どもたち。

8月15日(水)、カブール旧市内の通称「デストロイド地区(破壊地区)」を、板橋さんに見せてあげようと、車で向かう。デストロイド、町が破壊されたのは90年代の内戦だ。旧ソ連が撤退した後、パシュトン人主体のヘクマティヤル、タジク人のマスード&ラバニ、ウズベク人のドスタム、そしてハザラ人将校グループが4派に分かれて、「カブールの取り合い」を行った。
「毎日ロケット弾が飛び込んできて、その内に『あー隣に落ちたな』『あの人死んじゃった』って感覚。生きのびたのはアッラーのおかげだよ」。土産物店の店長の言葉が、当時の様相を物語っている。
ところが、である。この「デストロイド地区」もまた、昨今の「復興バブル」で、新築マンションに変わっていたのだ。ショック!貴重な戦争遺跡として保存すべきだと思っていたのに。
その新築マンションのすぐそばに、巨大な避難民キャンプが存在している。
「チャマン・フズリー避難民キャンプ」は、約220家族、2000人以上が住む。避難民の数はここ1〜2年で急増している。ほとんど全てがパキスタンとの国境付近から逃げてきたパシュトン人だ。
なぜか?①米軍はアフガン・パキスタン国境付近を、ドローンと呼ばれる無人空爆機で空爆している。②そんな中、住民の間に反米感情が高まって「ニュータリバン」が増えている。もちろん、パキスタン側からも「タリバンの流入」がある。③そんな究極状況の中、村では「タリバン兵のリクルート」が始まった。
タリバン兵のリクルートとは? 「お前の息子たちをタリバン兵にする。イヤなら殺す」。
息子をタリバン兵にすることも、殺されることも拒否した人々が、長年住み慣れた村を逃げ出してきたのだ。
「西谷さん、あれ、かなり近づいてきますよ」。そんなことを取材していると、米軍が浮かばせている無人偵察バルーンが、どんどん近づいてくるではないか。
「大丈夫、あれは撃たないから」「そうなんですか。でも私たち、間違いなく撮影されましたよね」。
そう、あのバルーンには精巧なカメラがついていて、「テロリストたちの行動」を監視している。怪しげな東洋人が、難民キャンプに入って何をしているのか?
偵察に来たのだろう。バルーンはバグダッドで求んでいるので、慣れているとはいえ、あそこまで接近されると不気味だ。
板橋さんには「いい経験」になったことだろう。
このキャンプ、昨日までの雨でテントの中もドロドロだ。天井をカバーするテントシートに穴があいている。今回は、このキャンプにテントシートを配ることにする。日本と同様、ここでも「集中豪雨」がある。

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このページは、nishitaniが2013年8月17日 11:50に書いたブログ記事です。

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