アフガン7日目 子どもたちを迎える

帰国した子どもたちと ブログ用.jpg ドイツから帰ってきた子どもたちと。カメラに向かって「ありがとー」。平和村の日本人スタッフから習ったそうだ。


8月18日(日)、今日はドイツから子どもたちが帰ってくる日だ。朝8時に空港へ。警備が厳重で中に入るのにかなり時間がかかる。そんなことをしていて行き違いになるのがイヤなので、空港をあきらめ、赤十字の事務所で待つことにする。
予定では9時にバスが到着するのだが、30分、1時間待ってもバスは来ない。大渋滞に巻き込まれているのだ。その間に、子どもたちを待つ家族にインタビュー。みんな嬉しそうだ。中には車に花を飾っている人も。こちらでは結婚式などで、車に花を飾ってお祝いするのが習わしだ。
10時半、赤十字の大きなトラックに続いて、バスが到着。地元メディアと私が競うように、写真とビデオを撮る。
子どもたちは、いったん赤十字の狭い部屋に通され、1人ずつドイツ平和村スタッフの面接を受けていく。
「指は開ける?」「薬は3種類。ちゃんと決まり通り飲んでね」。平和村スタッフが父親に、今後の治療とリハビリを指導している。

少女の手 アップ ツイッター.jpg この子の指は、やけどでくっついていた。1年間のドイツの治療で、手のひらが開くようになった。左手人差し指の第1関節から、白っぽい「指」が伸びている。彼女の足の指を移植したのだ。 「グーパー、練習すれば鉛筆が握れるようになるよ。字も書けるよ」。スタッフの言葉に、はにかんだような微笑み。 ズハールちゃん(11)も大やけどで、ドイツに1年間運ばれていた。両足と顔、両手のやけどは、治癒して、今では痛みも感じない。1年半前、冬の朝に、母親はいつものように朝食の準備をしていた。アフガンの中流家庭では電気はあるが都市ガスはない。パキスタン製のプロパンガス。狭い部屋でパンを焼いていたその時、ガスボンベが大爆発。大音響とともに屋根は吹っ飛び、両親、姉妹、ズハールちゃんは大やけどを負った。隣で寝ていた弟は、爆風で投げ出され、無事だった。 その後、ズハールちゃんはカブール市内のインディラガンジー子ども病院に運ばれた。とりあえず、死ななかった。でも指はくっついているし、歩けない。そんなとき、叔父がドイツの平和村のことをテレビで知った。3か月かけて治療先を探していた時のことだった。 ズハールちゃんの診察が終わる。部屋から出てくるズハールちゃんを、家族が泣きながらお出迎え。花束が手渡され、札束が投げられる。(こちらでは祝い事の時に低額の札をばらまく)同じ爆発でやけどをした姉がズハールちゃんを抱擁し、涙を流している。1年間待った甲斐があった。 足を引きずりながら、ズハールちゃんが歩く。その姿を見て、また母親の目に涙。歩けるようになっている! ドイツの平和村では6か月から2年ほど、適切な治療をして、アフガンやアンゴラなどに子どもを送り返している。ドイツの医療技術は世界トップ水準。でも日本も負けてはいない。日本もこうした活動を始めればいいのに。

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このページは、nishitaniが2013年8月19日 20:15に書いたブログ記事です。

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