2013年アフガン取材を振り返って

キャンプで貧富の差 ブログ用.jpgカブールの「チャン・フズリー避難民キャンプ」。テントの向こうにきれいな結婚式場が建った。貧富の差は極限まで拡大している。


今回のアフガン取材のメインは、ドイツの国際平和村によるアフガンの子ども救済事業だった。キッカケを与えてくれたのはカタログハウス。雑誌「通販生活」の記事として、アフガンの子ども救済事業を取り上げたいというオファー。
カブールの子ども病院では治療できない子どもたちをたくさん見てきたので、ドイツの事業は、私としても是非取材して、紹介したかった。
カタログハウスさんと平和村のやり取りの中で、今年はドイツ〜アフガンのチャーター機が、8月14日と20日に飛ぶことが分かった。何度もアフガンを訪れてはいるが、事前に取材対象を決めて入国するのは、今回が初めて。8月14日にカブール入りが間に合わなかったら、取材の意味がなくなる。なので早めにビザ申請をしたのだが、アフガンビザは昨今、かなり厳しく制限されていて取得するのに一苦労だった。
何とかドバイ経由でカブール入りしたのが12日。13日には平和村スタッフによる子どもたちとの面会、治療説明があるので、ギリギリセーフで間に合った。
平和村への治療申請は500〜600件だった。それを現地の医師が50〜60に絞り込み、いよいよ出発前日に面談となった。
集まった58人の子どもたちの中には、地雷やクラスター爆弾で傷ついた子どももいた。意外に多かったのが、骨髄炎。事故で骨折した後、細菌が入り炎症を起こして歩けなくなっている。やけどの子も多かった。24時間おしっこが止まらず、漏れ出している少女もいた。
地雷やクラスターは、すぐに戦争被害者と分かるが、骨髄炎ややけどは直接には戦争に関係ないように思える。しかしこれらも間接的な戦争被害者である。どちらも戦争による貧困状況がもたらしたもので、衛生状況が普通ならば、骨髄炎にならずにすんだだろうし、キッチンと寝室が別れていれば、やけどにはならなかっただろう。おしっこが止まらない、という症状はイラクでもたくさん現れていて、これは劣化ウラン弾など「ダーティーボン(汚れた弾丸)」による遺伝子破壊によるものだろう。
アフガンの医師たちは勤勉なので、このような病気を自分たちで治したがっている。しかし十分な医療器具も薬も、知識も不足しているので不本意ながら、外国での治療を求めざるを得ない。58人の子どもの中で、かなりの子が、かつてインドやパキスタンに送られたが、そこでは治癒しなかったので、ドイツに頼ることになった。
ドイツと日本の医療水準が同等だとすると、そして日本にも平和村があったとすると、助かる子どもは58×2=116人となる。日本の出番が来ている。
今回、たまたまカブール旧市街で、新たな避難民キャンプを発見した。チャン・フズリーキャンプは、主にパシュトン人、タジク人が故郷の村から逃げてきていた。その原因は米軍の無人空爆とタリバン。プレデターという無人空爆機、B52戦闘機によるかなり上空からの空爆。どちらも米兵は死なない。村人の中に反米感情が芽生えるが、そんなところにタリバンのリクルート部隊がやってきて、息子をタリバン兵にする、と言う。拒否したら殺害される。よって、逃げざるを得ない。チャン・フズリーキャンプには、そんな状況の村から命からがら逃げてきた人であふれていた。例によって、国連は来ないし、カルザイ政権は何の手当も打たない。人々はここで見捨てられていく。
オバマになって、戦争がなくなる、と思っていた私たちは、見事に裏切られた。オバマは、口では平和を唱えながら、「ブッシュよりスマート」に戦争しているだけだ。
アフガンもイラクも、今は「復興バブル」に沸いている。戦争で街を壊し、復興で作りなおす。単純なスクラップ&ビルドの構図は、世紀を超えて継続される。建設会社は空前のボロ儲けをしているし、その株式を所有する金融機関は、笑いが止まらないことだろう。もちろん「基地ビジネス」「民間軍事会社」「軍産複合体」など、直接的に戦争でボロ儲けしている企業もいる。TPPや米国とのFTAは、そんな企業がより儲けるための仕組みで、国家を越えたコーポラティズム(大企業主義と訳すのかな?)の搾取と収奪から、私たちは自らを守っていかねばならない。
一部の富裕層に莫大な富が集中し、圧倒的多数の人々が貧困に喘ぐ。そんな非人道的な格差が顕著に現れるのが、戦争だ。その意味では、「避難民キャンプの背後に豪華な結婚式場」の映像や写真は、分かりやすく、目に見えるものとして貴重なものかもしれない。今回も無事に入国できて、取材できたことに感謝しつつ、今後、このコーポラティズムとどう闘っていけばいいのか、漠然とした不安を感じつつ、今回の取材の総括としたい。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 2013年アフガン取材を振り返って

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/497

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2013年8月23日 12:18に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「アフガン9日目 キャンプで支援物資を配る」です。

次のブログ記事は「橋下市長が雇った奥下特別秘書の裁判に参加して」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01