シリア取材を振り返って

12月4日〜14日までのシリア取材を振り返ってみる。現在のシリアに入国しようと思うと、トルコ側から入るのが一番安全である。もちろんアサド政権の取材であれば、空路ダマスカスから入る方法があるが、それだと秘密警察の監視の元、現実に何が起きているかが分からないだろう。もちろん、トルコ側の自由シリア軍も、罪なき人々を殺しているのだろうが、民衆蜂起に対して虐殺で応えたのはアサド軍だ。多少危険であっても自由シリア軍からの取材を敢行することで、この内戦の真実(といってもほんの一部だが)を解き明かしていきたいと思った。
12年9月、13年3月と2度に渡り、シリアに入国したが、今回が一番状況が悪かった。過去2回は、トルコ・シリア国境地帯は、自由シリア軍の支配下にあったので、国境さえ越えれば、難民キャンプに泊まり込んで取材することもできた。しかし今回は、アルカイダ系のイスラム原理集団「ダイシュ(ISIS)」が、自由シリア軍と戦闘を繰り返し、外国人ジャーナリストである私は、拉致・殺害の対象になり得た。実際に12月10日から戦闘が激化し、トルコ・シリア国境は閉められてしまい、その状況が本日(12月26日)まで続いている。
私は12月9日にシリア国内に入ることができたが、決行するのが1日遅れていたら、「トルコ旅行」になっていたところだった。
今のシリアは雪がつもり、夜間の気温は氷点下まで下がる。支援物資の食料も届いたり届かなかったりで、「凍死&餓死」の危機にある。自由シリア軍とダイシュ(ISIS)の戦いをあざ笑うかのように、アサド軍のミサイル攻撃がやってくる。国境の町、バーバルハワーには無数のテントが林立しているが、そのキャンプに、12月11日、アサド軍のミサイル攻撃があり、約20人が殺された。
車の中から撮影した、あのテント群の中にミサイルが落ちてくる。夜は、自由シリア軍とダイシュ(ISIS)のロケット弾の撃ち合いになる。難民たちはそんな夜を震えながら過ごす。そしてシリア国内に入ろうとするジャーナリストが激減しているので、そんな現実が伝わりにくい。絶望的な状況だ。
来年、シリア和平について討議する「ジュネーブ2」が開催予定だが、この国際会議までに、「シリア内戦をすぐに止めろ!」という世論を作らないとダメだ。
そんなシリア取材から帰国したら、北朝鮮のナンバー2が処刑された。エジプトでは治安が急速に悪化し、自爆攻撃も起こり始めた。南スーダンでも内戦状態に陥り、韓国が頼んでいないのに日本は爆薬、銃弾をプレゼントした。これは武器輸出、取引ができるようにするための、規定事実づくりなのではないか。安倍首相は靖国に参拝し、集団的自衛権を行使する予定で、着々と戦争準備を進めている。秘密保護法、日本版NSCは、全てこの集団的自衛権を行使して戦争できるようにするための地ならしだ。残念ながら2013年は、「安倍内閣のやり放題」で終わりそうだ。
「戦争したいしたい内閣」が、シリア内戦を止めようとは思わないだろう。本来なら、今こそ憲法9条の精神で、アサド軍と自由シリア軍の仲介をして、武器を下ろさせて、外交で和平を実現すべき時なのに…。
年内は、撮影してきたシリア映像をまとめる作業をする予定。新年になれば、「戦争はなぜ起こるのか?」「一度始まればなかなか終わらないのはなぜか?」「メディアがちゃんと報道しないのはどうして?」「格差が広がる新自由主義と戦争」などなど、テーマを鮮明にして、またまた拙い作品を作らねばならないのだろうな。

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このページは、nishitaniが2013年12月26日 18:07に書いたブログ記事です。

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