ウクライナ 国会包囲行動から考察する

国会前抗議 ブログ用.jpg 写真は右派セクターと一般市民が包囲したウクライナ国会


ウクライナ3日目、やはり独立広場前でヘレナと待ち合わせ。昨晩、ウクライナの国会前で右派セクターが大規模な抗議集会を行った。ウクライナ内相のアバコフが、右派セクターの幹部ムズイチコ(別名サシコ・ビリー)に対して殺害命令を出し、ウクライナ西部でムズイチコが殺害されたのだ。右派メンバーはこの「暗殺」に激怒して、約1千人で国会を包囲した。その包囲は今日も続いている。
独立広場から国会議事堂まで、バリケードが敷かれた通りを行く。キエフは坂の多い町で、国会は小高い丘の上に建っている。ヘレナも私もハーハー言いながら急坂を上る。「ヘレナ、もうちょっと痩せろよ」。普段の運動不足を反省しつつ、彼女の大きめのヒップを見ながら、脂肪分が多く、かつボリュームあるウクライナ料理を食べ過ぎるとダメだと心に刻む。
右派セクター 覆面 ブログ用.jpg


国会議事堂前に赤と黒の右派セクターの旗、そして黄色と青のウクライナ国旗がはためいている。その数ざっと500人程度。概して右派セクターには若者が多く、黒い覆面をしているメンバーも。これは表向き「KGBにチェックされて、後に迫害されるのを恐れて顔を隠しているのだ」と説明されているが、多くの一般市民が右派セクターを、「厄介な若者たち」と考えていて、実際は民衆に顔を見られたくないということだと、私は考えている。その右派セクターに混じって、ナチスのカギ十字に似た腕章を着ける若者も。彼らはスボヴォータというネオナチのグループ。そんな「過激派」に混じって、一般の人々も国会を包囲する。それは国会議員の多くが、ヤヌコビッチ派の残党で、ヤヌコビッチが去った今、お前たちも議員を辞めろという主張なのだ。
右派セクターが国会を攻めて来たので、議員たちはさっさと逃亡している。国会空転だ。まぁ5月の25日の大統領選挙まで、事実上、この国の行政はストップしているに等しいのだが。
国会包囲を取材して、右派セクターの人気のなさを感じる。そもそも今回の「革命」は、ヤヌコビッチがEU加盟を行わず、不正腐敗政治を続けてきたことが発端。独立広場に集まった民衆は、平和的な抗議活動を続け、治安警察とにらみ合ってきた。ところが、2月になって、どこからともなく現れた右派セクターの若者たちがヤヌコビッチの特殊部隊=ベルクトたちへの投石を始め、投石がやがて火炎瓶になり、ベルクト側も催涙ガスから実弾へ。デモ隊を殺傷して怒りに火をつけ、結果として「実力行使」の革命が成就したことになっている。私はこの一連の流れに違和感を感じる。確かにヤヌコビッチはどうしようもない大統領で、プーチンと結託して蓄財してきたのは事実。でもリビアやサウジとは違って、ウクライナには選挙制度も国会もあるのだから、「腐敗大統領」は、選挙で交代させるべきだ。独立広場で殺されたデモ隊メンバーには、いまだに身元が分からない人もいる。殺された人の数も確定していない。確かにヤヌコビッチの特殊部隊が、市民を弾圧&殺害したのは事実だが、そのキッカケを作ったのは右派セクター。そしてロシアのテレビはさかんに「キエフのデモは極右が仕切っている」「テロリストが支配しつつある」と報道してきた。キエフの新政権はダメだというキャンペーンを張るには、極右、ネオナチという言葉が極めて有効だ。そんな中、プーチンは「あっさりと」クリミア半島の併合に成功した。もし平和的に政権が移行していたら…。ウクライナはクリミアを失わなかったかもしれない。ムズイチコ(別名サシコ・ビリー)は、「チェチェンの闘士」としてプーチンと闘ってきた、と言われているが、一方で「プーチンと裏でつながっていた」と証言する人も多い。つまり、右派セクターの背後にKGBがいて、彼らを過激化させることで、結果ロシアが利益を得ているのではないかという疑惑があるのだ。
いずれにしても、この調子では右派セクターは大統領選挙には勝利できない。ウクライナの「普通の市民」は、過激派を支持してはいない。問題は、ウクライナの国境に配備されている何万人ものロシア軍だ。右派セクターやネオナチが、何か事を起こして、「プーチンがウクライナに侵攻する口実」を与えないか?大統領選挙まであとまだ2か月もある。この間に何も起こらず、平和裏に選挙が行われることを願うのみだ。

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このページは、nishitaniが2014年3月31日 01:53に書いたブログ記事です。

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