ウクライナのヤヌコビッチハウス

チモシェンコ 支持者 集会 ブログ用.jpg キエフのソフィア広場に集まったティモシェンコ支持者の集会

ウクライナ4日目。今日は土曜日なので、オフィス街は閉まっているが、独立広場は曜日に関係なく、多くのサポーターが集まってくる。この独立広場から車で10分も走ると、ソフィア広場に出るのだが、そこに大きな電光掲示板が設置され、数千人もの人々が集結している。青と黄色の無数のウクライナ国旗が打ち振られ、人々はティモシェンコ元首相のポスターを掲げている。
5月25日に予定されている大統領選挙。EUへの加盟を進め、クリミア半島をウクライナに取り戻し、ロシアとは一線を画そうという人々の集会だった。
昨日の国会前を包囲した右派セクターの集会よりも数倍規模で、覆面姿の若者もいないし、武器もない。「ウクライナは1つだ!」と唱和する人々。この時点でティモシェンコ元首相は世論調査によれば3番手グループ。後に本命視されているポロシェンコ候補に一本化されたようで、集会参加者は結果としてポロシェンコに投票するだろうと思われる。
一通り集会を取材した後、ドニエプル川をさかのぼってキエフの北側、郊外へと抜ける。高速道路のようなきれいな舗装された道。「ヤヌコビッチ道路よ。前大統領は『交通渋滞に巻き込まれるのがイヤだ』という私的な理由だけで、この道路を整備したの。キエフにはまだまだ整備が必要な道路があるのに、屋敷につながる道路だけが、まずは舗装されていったの」。ヘレンの説明を聞きながら、フセインが整備した国道を思い出す。イラクのフセインは、外国が攻め込んできた時に備えて、いざという時には滑走路になる国道を作っていた。独裁者は似たようなことをするものだ。
ヤヌコビッチ邸の前に長蛇の車列。土曜日なので、地元観光客が屋敷に入るために並んでいるのだった。屋敷の門前に数台の自転車。あまりにもお屋敷が広大なので、自転車が必要ですよ、ということ。うろ覚えだが、その昔「クイズ、世界は商売笑売」という番組があったように思うが、いろんなことが商売になるものだ。
屋敷 ブログ用.jpg

20フリブナ(200円)支払って、入場。もう完全にここは「清水寺、金閣寺、奈良の大仏状態」である。屋敷に入る。四角い建物の前にコイが泳ぐ池。建物はヤヌコビッチ専用のスポーツジムだった。この中で泳いだり、走ったりしていたのだろうか。
池を越えてしばらく歩くと、木造の巨大な屋敷。これがメーン住居だった。やはり住居の前に鴨が泳ぐ大きな池。池の真ん中に噴水。屋敷の裏に回れば、ギリシャ時代の彫刻と遺跡。クリミア半島から、実際の遺跡を運んできたそうだ。やりたい放題やな。
屋敷の裏は、うっそうとした森になっていて、森の中の小道を歩く。10分ほどの散歩で、「牛に注意」の看板。丘の上にミドリの塀で囲まれた空間が。塀を回り込んで、そこに広がっていたものは…。
動物園だった。アラパカ、カモシカ、クジャクに牛や羊、大きなダチョウが芝生の上を走っている。彼1人のために作られた動物園。アホや、こいつは!
見学しているウクライナ人も、怒りを通り越して軽蔑の笑いを浮かべている。このダチョウのエサも彼らの税金だった。園の柵に「動物が飢えはじめています。募金を」という箱が置いてある。ヤヌコビッチがこの屋敷からヘリで逃亡してから1か月。飼育員も逃げたので、このダチョウは飢えているのであった。
動物園の横には、やはり植物園があった。温室の中できれいな花が咲き誇っている。誰も世話する人がいないので、やがてこの花も枯れていくのだろうか。
その他、「ヤヌコビッチハウス」にはサウナスパも湖の見えるレストランもあった。ありそうでなかったのはゴルフコースと遊園地くらいだ。
ヤヌコビッチハウスを出て、キエフに戻る。とうとうとドニエプル川が流れて、緑の大地が広がっている。元々ウクライナは豊かな国だった。旧ソ連時代、ウクライナが小麦や砂糖、野菜などの農産物を供給してきた。西欧が産業革命で工業化されたとき、ウクライナは「ヨーロッパのパン籠」として食料を配給してきたのだ。
逆にいえば、そんな豊かな土地だからこそ、ある時はポーランド、ある時はオーストリアハンガリー、タタール、そしてロシア…。この国は東西南北に敵がいて、その度に侵略されてきた。そして今、プーチンのロシアとEUが東西でにらみを利かせている。今後のウクライナはどうなっていくのだろうか。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ウクライナのヤヌコビッチハウス

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/526

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2014年4月 1日 04:04に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「ウクライナ 国会包囲行動から考察する」です。

次のブログ記事は「ウクライナを分析する」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01