ウクライナを分析する

昨晩、無事シリアからトルコに抜けて日本へと帰国した。悲惨なシリア内戦の現状を早くまとめねばならないが、ウクライナの分析をしておかないと、今後の情勢を見誤るかもしれないので書き記しておく。

ウクライナのキエフにしか入っていないので、いわゆる「西側の人々」の見方だけを聞いてきた。なので、「東側およびクリミア半島」の人々の意見を聞かないといけない。次回は東側&クリミア半島を取材したいと思う。このことを前提にして、今回のウクライナ取材で分かってきたことを以下に記す。
まず、分析の前提として、①いわゆる何でもかんでも「これはCIAの、KGBの仕掛けたものだ」という考え方はとらない。②しかし、事件の背景には米ロの駆け引きがある。当然キエフにはCIAもKGBもいる。③独立広場に集まった民衆の視点で考える。
ということにしたい。

「政変」(革命?)は必要だった。ウクライナは2010年の大統領選挙でヤヌコビッチ態勢になったが、これは「ロシアの傀儡政権」で、不正腐敗、個人蓄財の典型的なダメ政治で、ウクライナ経済を弱体化させていた。
逆にいえば、プーチンは、「軽薄な大統領」をトップに据えてコントロールしやすくしていた。この点は、アメリカが日本の首相を安倍晋三にしたのと同じ構図だ。
国民は純粋にヤヌコビッチを代えたかった。個人的に蓄財しながら、一般市民には重税を課し、何をするにも役人へのワイロ。簡単にいえば、旧ソ連風の官僚主義と独裁政治。その上に米国型の新自由主義。いわば米ロの「悪いところだけ」を取り込んだような政治だった。
13年10月30日からキエフで大規模デモが組織されてきた。この大規模抗議集会は、アラブの春と同様、最初は武器を持たない平和的な集会で、次第にこの集会の規模が大きくなってきて、本当にヤヌコビッチ態勢を脅かしはじめた。
ヤヌコビッチは大統領選挙を前倒しで行うことを約束した。この時点で、プーチンは危機感を抱いたと想像する。ウクライナがEUに加盟すれば、ロシアのコントロールが利かなくなっていく。ヤヌコビッチがもう少し「賢くまともな」大統領だったら、この危機を乗り越えてくれるかもしれない。でも国民はヤヌコビッチとプーチンの癒着を見抜いてしまっている。選挙になればヤヌコビッチは勝てない。全てのウクライナがEUに取り込まれてしまう。この危機を乗り越えるには、ヤヌコビッチのような力量のないリーダーでは無理だ。
そうこうしているうちに、キエフの集会は大規模化していく。プーチンはソチオリンピックを何としても成功させねばならない。ウクライナの危機に対処しつつ、ソチを成功させることが必要だった。
そこでソチオリンピック開催中に、大規模な抗議集会の中に、「ネオナチグループ」「右派セクター」を紛れ込ませた。ここでKGBが暗躍したのだろうと想像する。
民衆はヤヌコビッチへの怒りに燃えている時だ。大部分のデモ隊は、平和的な権力委譲を求めているにもかかわらず、デモ隊の一部が「過激化」して、投石を始めた。やがて石は火炎瓶になり、デモ隊の一部が銃の発砲まで。
当然治安警察も反応する。治安警察も実弾を使いはじめる。デモ参加者に死者が出始めると、デモ隊はさらに過激化して、一般の人々も石を投げ始める。やがて「右派セクターの指導の下で」、ヤヌコビッチが退陣する。ロシアのメディアは、このデモを右派セクターが仕切っていると宣伝する。ネオナチの若者の姿が繰り返しメディアに登場する。
世界はヤヌコビッチという大統領の退陣を是認するが、右派セクター、ネオナチにも眉をひそめる。何より、「右派セクターが、ウクライナ東部を攻めてくる」「ネオナチがウクライナを乗っ取ってしまう」かのような宣伝になって、クリミア半島、ウクライナ東部の住民の中で、特にロシア系住民たちが、「ロシアへの帰属」を求めるようになっていく。そしてロシア軍のクリミア半島への投入、住民投票でロシアへの帰属が決定していく。
もしこの抗議集会に右派セクターがいなかったら…。おそらく人々は「平和的に」ヤヌコビッチを葬り去ったはずだ。そうなれば、ウクライナ東部もクリミア半島もこの結果に満足して、ロシアへの帰属を選択しなかっただろう。ロシアはヤヌコビッチと言う傀儡を失ったが、クリミアを取得して、かつ東部に火種を残すことに成功した。(その東部が、今や親露派、親ウクライナ派に分裂寸前だ)
プーチンは今、ウクライナへのガス価格を2倍にして、経済的に追い込もうとしている、ヨーロッパはロシアが核を持っていることと天然ガスの取引があるので、ロシアに対して強く出られない。ロシアのオルガルヒたちが米国やイギリスに多額の金融資産を持っていることも、手を出せない理由なのかもしれない。IMFもまた、ウクライナへの援助と引き換えに、ウクライナ政府に「グローバル化」を強制して、さらなる新自由主義を導入し、西側資本家の天国にしたいと狙っているのかもしれない。
間違いないのは、これは最初「ヤヌコビッチ独裁・腐敗態勢」を代えたい民衆の闘いだった。それに危機感を抱いたロシアが、民衆の中に過激派を送り込んだ。米国・ヨーロッパもそのことに気づきながら、ロシアの行動を是認して、ヤヌコビッチをあのような形で退陣させた。事態を解析すれば、自由と民主主義、富の再分配を求める「民衆 対 米露の強欲な資本家」という図式。

米国は賢くて、ウクライナがEUにすんなり入るのも良し、ロシアを悪者にして、ウクライナの西側を自国の態勢に組み込むのも良し。何より、事態の混乱に乗じて、IMFが介入して、ウクライナの労働市場、農工業などを新自由主義化すれば、それで大もうけできる企業が出てくる。もちろん軍事介入で軍産複合体も巨額の商売ができる。ロシアのガスプロムも天然ガスの値段を高止まりさせることができる。ガスの値段が高止まれば、今後「シェールガス革命」で、ガスを世界に売りまくる米国の企業も喜ぶ。つまり一般市民は極貧に突き落とされ、米露の企業が儲かっていくという図式にはめ込まれるということだ。

以上が、3月31日、キエフを離れる時点での分析である。私の予想通り、クリミアで火がついた「ロシアへの帰属運動」は、ウクライナ東部に拡散した。
おそらくウクライナ系、ロシア系の大部分の人々が、「過激派」に眉をひそめているだろう。キエフの右派セクターのデモは、誰も振り向かず、誰も手を振らなかった。日本でもヘイトスピーチに眉をひそめる人が多数なのと同じように。
この短い情勢分析を行うにあたって、痛感するのは「ウクライナの悲劇的な歴史」である。ある時はタタール、時代が下ってオーストリアハンガリー、ポーランド、そしてロシア革命のさなか、ボリシェビキと反革命派による大量虐殺、ソ連時代のスターリン独裁、強制移住、農村の「計画的餓死」…。
今回のウクライナ政変の背景には、東西南北の「強国」から侵略されてきた歴史がある。ドニエプル川の恵み。肥えた土地。そしてヨーロッパとモスクワに挟まれた地政学的重要性。そんなことを考慮に入れないとウクライナ政変の本質は見えてこないのだ。


 

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このページは、nishitaniが2014年4月12日 19:57に書いたブログ記事です。

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