女学校と病院で子どもたちの笑顔に出会う

阪野さん 女学校で ブログ.jpg 三金さん 女学校で ブログ.jpg 鶴笑さん 女学校で ブログ.jpg

8月16日午前6時半、カブール市内のザルブナという女子校に到着。アフガニスタンでは公立校でも男女別。ここザルブナで学ぶ女子生徒は何と8千5百人。7歳から18歳までの少女がダリ語や数学、歴史などを学んでいる。
早朝から子どもたちが通学してくる。黒い制服に白のスカーフ。商店街の路地、民家の影、大通りと、子どもたちは「湧いてくる」ように現れて、学校の校門に吸い込まれていく。
ナシリーン校長に許可証を見せて、公演の許可を取る。こちらでは土曜日が週の始まりなので、朝7時から朝礼がある。講堂が壊れているので、青空の下、学校の中庭で朝礼が始まる。子どもたちが、わらわらと教室から出て来て中庭に集合する。女学校は朝、昼の2シフトなので、その数4千人。後で聞いた話だが、4千人が一同に集まって朝礼する場所がないので、多くの子どもたちは、私たちの公演を見ることができなかった。これだけ集まっていても全部の生徒ではなかったのだ。
鶴笑さんの手品、紙切りが始める。興味津々で見つめる子どもたち。パンダやミッキーマウスが出来上がると、ワーッという大歓声と拍手。三金さんの風船、阪野さんのマジックと続く。作品が出来上がるたびに、マジックが披露されるたびに、学校全体が揺れるほどの拍手と歓声。この模様を動画でお見せできないのが残念。詳細はぜひ、10月7日の天満天神繁昌亭、アフガン報告会で。
続いて、インディラガンジー子ども病院へ。毎年ここを訪れているが、いつも患者と家族でごった返している。がん病棟で白血病の子どもたちをマジックで励ます。アフガニスタンでも米軍は大量の劣化ウラン弾を使用した。戦争後、がんの子どもが急増しているが、ここアフガンでは劣化ウラン弾被害はタブーになっている。カルザイ政権が米国の傀儡だから、米軍の犯罪はタブーなのだ。1つ1つのベッドを回っていく。点滴のチューブでベッドから出られない子どもに笑顔が浮かぶ。付き添いのお母さんも笑顔になっていく。右心房と左心室が逆になっている子どもが寝ている。「アフガンでは治らない。インドへ行かせたい。誰かこの子に寄附できる人を探しているんだ」。ムハンマド医師の説明。「このままここで入院していたら?」「助からない」。母親が私たちの会話を心配そうに聞いている。マジックと風船、日本からの絵本などで笑顔を見せてくれたのだが…。
「新しい病棟が出来たので案内する」。ムハンマド医師の案内で新病棟へ。受付ホールにベッドが並ぶ。病室が足りないので、玄関や廊下も「病室」になっている。一つのベッドに2〜3人の栄養失調の子どもたちが寝ている。妊娠中、あるいは産後に十分な食料がなかったため、母乳が出なかったのだ。粉ミルクも不足していたので、こんな事態になる。ベッドに眠る子どもの顔にハエがたかっている。衛生状態は最悪。
「この2人の子どもは、捨てられてしまった」。えっ、どういうこと?
障害を持った幼児が二人、ベッドに寝ている。左の子どもは1か月前、右の子どもは1週間前に、ここに連れてこられたが、母親は病院から逃げてしまった。絶望的な貧困。逃げた親を責めることは酷なのだ。今は病院の乏しい予算の中から、この子どもたちをケアしている。この子たちは今後どうなっていくのだろうか…。
野戦病院状態の廊下で、3人のパフォーマンスを見せる。暗い顔の子どもたちが笑顔になっていく。医師たちも喜んでいる。あー、ここに来てよかった!
アフガニスタンでは6人に1人が1歳までに死んでしまう。今日出会った子どもも、危篤状態あるいはインドに行けなければ絶望的という子どもがいた。この国では命が軽い。
さて、私たち「チームお笑い国際便」のアフガンツアーもいよいよ最終版にさしかかった。明日は支援物資を配布する。もう一度、子どもたちの笑顔に出会ってから、帰国することになる。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 女学校と病院で子どもたちの笑顔に出会う

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/538

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2014年8月16日 17:33に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「避難民キャンプで公演無事終了」です。

次のブログ記事は「無事予定の行程を終了 お笑い国際便、日本への帰路につく」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01