戦争犠牲者のための病院を訪問

ロケット弾で傷ついたきょうだい ブログ.jpg

8月18日午前4時、民間軍事会社の湯川さんがシリアで拘束されている件で、シリアの友人たちと緊急に情報を交換する。そうこうするうちにテレビ、新聞社から問い合わせの電話が殺到する。この事件については、あらためてブログにまとめる。今は生存を祈るのみ。

午後3時、カブール市内の「戦争被害者のための緊急病院」へ。ここは旧ソ連時代の学校が、タリバン時代に病院に転換されて、2001年4月、つまり911事件が起きる直前に、タリバンからイタリアのNGOにその運営を委託された場所。その後の経過はみなさんご存知、ブッシュが「これは戦争だ」「犯人はビンラディンだ。彼はアフガンに隠れている!」と叫び、01年10月7日にアフガン戦争が始まり、タリバン政権が崩壊した後も、イタリアのNGOが運営し続けている。
許可を得て中に入る。あらかじめインタビューを申し込んでいた子どもにしかカメラを向けられない。
3歳の男の子と7歳の女の子がベッドに横たわっている。4日前、タリバンとアフガン軍の戦闘に巻き込まれ、自宅にロケット弾が飛び込んできた。弟は背中に破片が入り、歩けない。姉は首に破片が突き刺さっていて、除去手術が成功すれば、歩けるようになる。
2つのベッドの中央には、「親類縁者」と英語で書かれたカードを首から下げた父親。
たまたま自宅に飛び込んだロケット弾で、6名が重軽傷。4名は地元の病院、この2名がカブールに運ばれて来た。
別のベッドへ。昨日運ばれて来た4か月の赤ちゃん。両親が車の運転中に、流れ弾が。赤ちゃんの肺に弾が食い込んでいて、すぐに手術が必要だ。どこから飛んできた弾なのか、犯人はタリバンなのかアフガン軍か…。
地雷で失明 ブログ.jpg
農作業中に地雷を踏んだ少年が所在無さげにベッドの上で座っている。1か月前、激戦地のヘルマンド州。一緒に作業していた兄は死亡した。弟の身体に無数の傷跡。そして左目に大きな眼帯。片目を失明してしまったが、傷が癒えれば、また働けるようになる。13歳の子どもに過酷な運命がのしかかる。
イタリアのNGOがこの病院を運営してから、すでに15年。かつてはあれほど騒がれたアフガン戦争も、今はほとんどのメディアが報じなくなった。でも事態は改善されていない。運び込まれた患者は、先月だけで326人。何とこの数は、病院始まって以来、最高なのだそうだ。今のアフガン、急速に治安が悪化しているのだ。米軍が撤退して、山に逃げ込んでいたタリバンが出て来たのだろうか?いずれにしても国土の70%以上は、カルザイ政権の統治が及ばない無政府地帯だ。今後も、タリバンやアフガン軍の戦闘の巻き添えで殺される人は増え続けるだろう。
さて、そんなアフガンにドイツ平和村からチャーター機がやってくる。アフガンで治療できない子どもたちをドイツに運んで治療するのだ。
明日は、赤十字で取材する。


トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 戦争犠牲者のための病院を訪問

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.nowiraq.com/mt/mt-tb.cgi/540

コメントする

このブログ記事について

このページは、nishitaniが2014年8月18日 21:54に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「無事予定の行程を終了 お笑い国際便、日本への帰路につく」です。

次のブログ記事は「カブールの赤新月社に62名の子どもが集合」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01