ドイツ平和村のカブール〜デュッセルドルフへ 援助飛行に同乗する

赤新月前で 家族と子ども ブログ.jpg カブールの赤新月社 今からドイツへ飛ぶ子どもたちと家族

8月20日午前8時、カブールの赤新月社に61人の子どもとその家族が集結してくる。本当は62名の子どもを連れていく予定だったが、1名、出発を前にして亡くなってしまった。
バスが3台やって来て、子どもたちがバスに乗り込む。お父さん、お母さんと一緒にドイツに行けると思い込んでいた子どもの何人かが、1人で行くことにショックを受け、大泣きする。バスに乗り込んでも窓ガラスに顔を押し付けて泣き叫ぶ。昨年も同じような子がたくさんいた。
いよいよ空港に向けて出発。沿道で手を振る家族に、笑顔で手を振り返す子ども、泣き叫ぶ子ども。早くて1年、治療の関係で長くて3年はここアフガンに帰って来られない。今度ここに帰ってくるときは、元気に回復していることだろう。アフガンの両親からすれば、それは奇跡に近い喜びなのだ。
カブール国際空港へ。特別チャーター便はタジキスタンのイーストエアーという航空会社のものだった。タジクは物価が安く、またアフガンの隣国で、アフガン上空の飛行を許されている数少ない航空会社なのだ。
特別チャーター便なので、すぐに飛ぶかと思っていたが、さすがここアフガン。人道支援飛行で、病気・大怪我の子どもが乗っている、と主張しても、治安維持のため、全員の身体検査、エックス線探知機の通過、などを求めてくる。
かんかん照り、気温30度以上の悪条件の中で、子どもたちは2時間待たされる。
後で聞いた話だが、主催者と目されたマルーフ医師は空港の別室に連れていかれ、アフガン政府、空港の治安を任されているオリーブグループという名の民間軍事会社などから15回に及ぶ尋問を受けて、ようやく飛行が認められる。
2時間遅れで、いよいよ出発。チャーター便(以後、援助便と呼ぶ)のタラップに民間軍事会社オリーブグループの社員が数人。サングラスをかけたお兄さん、スカーフを巻いたお姉さんが陣取って、何と子どもたちをボディーチェックし始める。
2歳〜12歳の、やけどや骨髄炎で傷つく子ども、内反足や地雷被害者で松葉杖の子どもを立たせて、爆弾を持っていないか、身体検査をするのだ。ギブスをさわって、ギブスの中に爆弾があるかどうか調べるオリーブグループの社員。もちろんこの模様は撮影禁止。この馬鹿げた様子を脳裏に刻み込む。
ようやく援助飛行便の機内へ。すでにタジキスタンの子ども数人が乗り込んでいる。この子どもたちもドイツで治療を受けるのだ。
援助飛行機の中 ブログ.jpg
援助便は、まずウズベキスタンのタシケントへ飛ぶ。轟音とともにジェット機が浮かび上がると、子どもたちは大歓声。さっきまで大泣きした子どもが手を叩いて喜んでいる。
砂漠の中、アムダリア川が見える。01年に初めてアフガン入りした時、夜中にボートで越えた川だ。あの時は世界中のメデァイがここにやって来ていた。あれから13年。今、アフガンからの報道はほとんどなくなってしまった。1時間の飛行でタシケント着。ここからもウズベキスタン、キルギスタンの子どもたち数名が乗り込んでくる。
援助便は、さらにグルジアの首都トビリシをめざす。4時間ほどの飛行でトリビシ着。ここでもアルメニア、グルジアの子どもが乗り込んできて、機内は6カ国、総勢89名の子どもと平和村のスタッフ、医師でほぼ満席となった。
トビリシからドイツのデュッセルドルフまで約7時間のフライト。ドイツ到着は深夜11時。デュッセルドルフ空港は、あらかじめ撮影許可が下りていてカメラを回してもよいということだった。機内から外へ。ドイツのマスコミのカメラフラッシュと救急車の緊急灯火で、援助便のタラップだけ赤々と明るくなっている。比較的症状の軽い子どもたちから、タラップを下りていく。一斉にたかれるフラッシュ。平和村のスタッフが、子どもの腕に巻き付けられている番号を読み上げ、病院に緊急搬送するか、平和村に宿泊させるか、手際よく峻別していく。
深夜1時、平和村に到着。平和村には日本人スタッフ、ボランティアがたくさんおられるので、心強い。子どもたちは、男の子、女の子、幼児に分かれてそれぞれの宿舎へ。宿舎の様子を一通り取材してから、明日からの取材スケジュールを打ち合わせ。ここで待ち望んでいたビールが出てくる。アフガンでは飲めなかったビール、それも本場のドイツビールだ!ここは夜間でもビールが飲めて、銃声は聞こえないし、道路には装甲車も軍隊もいない。そんな当たり前の社会が、ものすごく幸せに感じる。平和が一番いいなー、とほろ酔い気分でぐっすりと眠りに陥った。

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このページは、nishitaniが2014年8月22日 16:45に書いたブログ記事です。

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