3人の子どもと再会する

ツバイヤー ブログ.jpg ザミウラ インタビュー ブログ.jpgウマナズイア これから帰国 ブログ.jpg 写真は順に、ツバイヤー、ザミウラ、ウマナズィア君。

8月22日、今日は平和村に以前から宿泊して、ケガや病気の治療をしている子どもを取材する。
平和村の中庭で遊んでいる子どもたちをビデオに撮影していると、見覚えのある顔が2〜3人。
「ツバイヤー君やないか。えっ、もう口が塞がっているの?やったねー」。思わず歓声を上げてしまう。そう、この子とは昨年カブールの赤新月社で出会った。アフガン東部の都市ジャララバード。通学路で拾った「ペンのようなもの」。
キャップが開かないので、右手で「ペンのようなもの」をつかみ、口で開けようとした。そして爆発。
あの時は彼の右ほほにポッカリと穴が開き、右手指は辛うじて人差し指と中指が残っているだけだった。
平和村の援助飛行でドイツにやってきた彼は、6か月間入院して、足やお尻の皮膚を右ほほに移植。口が塞がって、今では普通に食事もできるそうだ。
今回、アフガンに帰国できるかと、期待していたのだが、まだ治療が必要なので、平和村に残る。「将来は、医師を助ける看護士になりたい」。はにかむようにボソッとつぶやいてくれた。
「文字の読み書きはできるようになったの?」。ノートとペンを差し出すと、「ツバイヤー」と書いてくれた。しかし、カブール、ジャララバードは書けなかった。ケガをしてから学校へ行っていないので、ダリ語の読み書きがまだ十分にできないのだ。皮肉なことに、こちらで1年住んでいるので、ドイツ語がしゃべれるようになった。しかしアフガンでドイツ語は通じない。早急にダリ語の勉強をしないといけない。
大やけどのザミウラ君がいた。顔面のやけどは徐々に治療が進んでいるようだ。驚いたことにやけどでくっついた両手指が、少しではあるが、切り離されて、物をつかむことができるようになっている。
「グー、パーできる?」「うん」。
短い指ながらも、一生懸命グーパーしてくれる。今は、木の実をつかむ練習をしている。食事の様子を取材したが、器用にフォークを挟んで、サラダを食べていた。かなり復活したが、残念ながらまだ治療が必要なので、アフガンの帰国便には、まだ乗ることができない。
最後に、ウマナズイヤ君を紹介する。彼も大やけどを負っていたが、手術とリハビリの結果、明日、故郷に帰ることが決定した。
「パパに会いたい」。はにかみながらも笑顔があふれる。よーがんばったなー。思わず、ウマナズイヤ君を抱きしめる。1年前のことを彼はよく覚えていて、私にビデオ撮影された後、わけが分からないうちにバスに乗せられ、飛行機に乗り、深夜ドイツに到着したと思ったら、病院に直行。その後の手術とリハビリに耐えてきたのだ。そんな「思い出話」をドイツ語でしゃべってくれた。子どもは言葉を覚えるのが早い。脳が柔軟なのだろうか。
食堂からは「ナ、ハウゼ。ナ、ハウゼ」(家に帰れるぞ)という歓喜の声が上がっている。この子たちがカブールに帰還した時、迎えの親たちは本当に奇跡が起こったと思うだろう。閉じた指が開いて、物をつかむことができる。開いたほほが閉じて、食べたものが外に出ない。息が漏れないので言葉も通じる!
ここでは、そんな感動の物語があふれているのだ。

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このページは、nishitaniが2014年8月24日 02:30に書いたブログ記事です。

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