2015年4月アーカイブ

私の住んでいる吹田市では現在、市長選挙が戦われている。候補者は維新の会が推薦する、井上哲也現市長、自民、公明が推薦する後藤圭二氏、無所属の山口勝也氏、そして元市長で民主、社民が押す阪口善雄氏の4名だ。
なお共産党は自民、公明が推薦する後藤氏への自主支援を決めている。
私は大阪維新の会橋下氏へ、WTCへの府庁移転問題、奥下特別秘書への給与支払い問題、井上吹田市長の太陽光パネル疑惑などで裁判を起こしているし、松井知事へは政治と金の問題で刑事告発も行った。この選挙の争点の1つは「維新政治を続けるか否か」「都構想に賛成か反対か」だと思う。
しかし今回の選挙は、「安倍政権を支持するか否か」も大きな争点だ。この選挙が終われば、安保法制に関する国会審議が待っている。そして安倍政権は自衛隊の海外派兵に向けてまっしぐらに進んでいくだろう。
後藤氏の後ろには、自民党の渡嘉敷議員たちがいる。彼女たちは集団的自衛権に賛成で、憲法9条の「改正」に突き進んでいくだろう。
私はイラクやアフガン、シリアを取材して、戦争のリアルを見てきたつもりだ。日本の平和憲法があったからこそ、自衛隊は1人も殺さなかったし殺されなかった。今回の選挙は「平和憲法を守りきれるかどうか」が問われている。だから自民、公明が推薦する候補には絶対に与したくない。本来なら「沖縄型」の市民共同で、戦争も原発も嫌だ!という選挙になるべきだった。まだまだ本土は沖縄に追いついていないなー、と地元の選挙を見てしみじみ感じてしまう。

私は3月9日から24日まで、トルコ・シリア国境とイラク取材を行った。特に後藤さんの事件とISの今について取材した。以下はその一部をまとめたもの。

2015年3月13日、私はトルコ南部の町キリスでアブアリーと再会した。彼の診療所は今日も患者で一杯だ。
患者の中に「イスラム国」との戦闘で足を負傷したマフムード(23)がいた。彼はシリア中部の都市ホムスの自由シリア軍兵士。半年前「イスラム国」はホムス市デルフールに総攻撃をかけて来た。壮絶な銃撃戦になった。マフムードたち自由シリア軍が辛うじて「イスラム国」を追い返したが、その時にロケット弾で右足を負傷したのだ。
—ホムスのデルフールは「イスラム国」に奪われなかったんだね。
そうだ。我々が守り切った。
—デルフール市民の中に「イスラム国」支持者がいるの?
残念ながら支持者がたくさんいるので、「イスラム国」がやってきたのだ。
—市民はなぜ「イスラム国」を支持したの?
4年も続く内戦で、ホムスは完全に破壊された。アサド軍に家を壊され、食料もきれいな水も不足している。そんな時に「イスラム国」は食料や金を配った。だから支持者が増えた。
—友人の兵士の中に、「イスラム国」に参加した人はいるの?
たくさんいる。自由シリア軍は戦闘に参加してもボランティアだが、「イスラム国」は給料を支払う。1か月で約500ドルだ。この4年で俺は1円ももらっていない。裏切って「イスラム国」へ行った仲間を責めることはできない。
—「イスラム国」が自由シリア軍を責め立てることで、結局アサド軍が得をしているね。
そうだ。アサドと「イスラム国」は裏でつながっている。彼らは同じ勢力なのだ。違うのは宗教の仮面を付けているか(「イスラム国」のこと)、いないか(アサド軍)だけだ。
マフムードの証言「アサド軍とイスラム国が水面下で協力し合っている」ことを証明するのは難しい。ただ状況証拠としては、「『イスラム国』が出現してから、自由シリア軍が支配地を減少させ、アサド軍が盛り返した」ことは確かだ。

その日の夜、アブアリーと作戦会議。まずはラッカ県知事の側近とスカイプでつなげてもらい、それを私が後ろから撮影する。聞き出すポイントは、後藤さん、湯川さんの動画をアップしたとき、「イスラム国」の本音はどの辺りにあったのか?安倍首相のイスラエルでの演説を聞いて「イスラム国」側の反応は?要求が身代金からヨルダンのリシャゥイ死刑囚と後藤さんの人質交換になったのはなぜなのか?当初「後藤は殺したくない」と思っていたのなら、なぜ殺害してしまったのか?などである。
「何とかインターネットをつないでくれよ」「わかった。ラッカへ連絡を取って見る」。それから数日…。彼は毎日のようにラッカにメールを送り続けた。しかし、ラッカからの反応はなかった
3月16日、キリス滞在最終日のことだった。アブアリーが1人の若者を連れて私のホテルにやって来た。「ラッカは?」「無理だった。ゴトーが殺されてしまったので、彼らはもう反応しなくなった」。そうか、無理だったか…。その時意外な提案があった。「ニシ、この人は『イスラム国』に何度も入っている。ラッカとトルコを往復しているんだ」「えっ、本当?なぜそんなことが可能なの?」「彼は自由シリア軍がラッカに送り込んだスパイだ。ゴトーが拘束されたときにはラッカにいたんだ」。
オマル(仮名)がなぜラッカとトルコを往復できるのか?彼はいわゆる二重スパイで数種類のIDカードを持っている。「イスラム国」の検問所も自由シリア軍の検問所も通過できるというのだ。顔を出さない、音声は変える、日本でしか放送しないことを条件にオマルはカメラの前に立ってくれた。
—日本人2人の殺害動画が出たとき、あなたはどこにいたの?
ラッカにいた。私は多くの外国人人質が拘束されているのを見た。その中に日本人がいることも知っていた。殺害動画が出たのは、間違いなくアベによるエジプトでの演説が原因だ。アベの演説が「イスラム国」幹部の怒りに火をつけたのだろう。
—イスラエルで安倍首相は「日本はテロには屈しない」と演説したが
あの演説は最悪だ。イスラエル国旗の前でアベは「イスラム国」と戦うと言った。ラッカの司令官は激怒していた。
—「イスラム国」は後藤さんを交渉の切り札にしていたんだね
そう、ゴトーで日本政府と交渉をしようとしていた。ユカワは最初から首を切るつもりだった。しかし日本政府が身代金交渉に乗ってこなかった。アベが「イスラム国と戦う」、「テロには屈しない」などと言い続けたので、身代金から人質交換になった。
—政府が身代金を払うつもりがある、といえばどうなっていたの?
交渉が続いていただろう。しかし日本政府は交渉をヨルダンに頼んだ。ヨルダンは敵だ。もっと他によい国があった。
—例えばトルコ?
トルコならゴトーの解放は成功していただろう。トルコは他の人質を解放したことがある。ヨルダンだからリシャウィーとの交換になったが、トルコなら他の人質との交換になった。トルコはその交換に応じただろう。
以上がオマルとの一問一答だ。カメラの前では証言しなかったが、その後彼は「ラッカへの空爆がものすごくて、たくさんの人々が殺されている」と証言した。「イスラム国」を憎む彼にすれば、ラッカへの空爆について「イスラム国幹部だけを殺してくれ」と願っているようだった。
現在シリア国内への潜入は極めて危険になった。4年に渡る内戦で人々の心がささくれ立ち、武器が氾濫している。
私が恐れるのは「イスラム国」より単なる強盗集団だ。今回の人質事件が大きくクローズアップされたことで「日本人は金になる」ことがバレてしまった。シリアで強盗団Aにつかまったとする。Aが身柄をBに売る。BはCに転売し、最後にCが「イスラム国」へ売り飛ばす。米国のジャーナリスト、フォーリー記者は、実際に「人質転売」で「イスラム国」に売り飛ばされた。強盗団も処刑した「イスラム国」も断じて許せないが、そんな状態までシリア内戦を放っておいたのは国際社会だ。中東をここまでカオスにしたのは米国がイラク戦争を始めたから。そしてサウジやイランなど周辺国が互いの利害で戦争をあおったからだ。これら大国の罪は重い。


「後藤さんを救えなかったか?——政府は何をし、何をしなかったか」というブックレットを緊急出版することになった。第三書館さん(☎03−3208−6668)から800円+税。4月25日発売予定。
後藤さんが首を斬られるとき、彼は何を思ったのだろう?
家族にもう一度会いたい。なぜ、こんな人々によって俺は殺されてしまうのだろう?いっぱいやり残したことがあるのに、ここで殺されてしまうなんて…。などなど想像すればするほどやりきれない。
後藤さんは、間違いなく救出できたと確信している。歴代の自民党内閣なら、おそらく米国の命令(身代金を払うな、テロに屈するな)に従うふりをしながら、アンダーテーブルで交渉して取り戻すことに成功しただろう。後藤さんにとって不幸だったのは、今が安倍内閣だったということ。米国に「身代金を支払うな」と言われて、そのまま忠実に従う。あるいは、従うふりをして交渉せずに、「イスラム国」の脅威だけをあおり、空爆支持、自衛隊海外派兵への世論づくりにしていく。政府は連休明けにも、人質事件の検証結果を公開すると言う。それまでに、この本を出版できてよかったと感じている。「政府はできる限りのことをした」「それ以上にイスラム国が残忍だったので、殺されてしまった」などという「検証」が出る前に。

このアーカイブについて

このページには、2015年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2015年3月です。

次のアーカイブは2015年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01