犯人のアパートへ

8月16日、パリの中心部モンパルナス駅から北へ地下鉄を30分ほど。ジェヌブリエ地区はおしゃれな新興住宅地といったおもむきで、きれいなマンションが建設中。そんな町を10分ほど歩く。右側に新築マンション、左側にちょっと古びたアパート。ケンタッキーフライドチキンはKFCという看板だが、HFCの看板が出て、「ハラール、フライドチキン」の略。つまりイスラムの教義に則った屠殺の方法で調理したお肉ですよ、ということ。この看板だけでも地区の住民にムスリムが多いことが分かる。
古びたアパートと言っても、8階建ての高層で、階段ごとにオートロックがある。8月はバカンスなので、通行人はまばら。
その高層アパートの17番階段。ここが犯人の兄弟2人が、犯行の前日まで住んでいたアパートだ。おそらく家賃は700〜800ユーロはするだろう(通行人の証言)。日本円にして10万円程度の家賃だとすれば、犯人たちは結構稼いでいたことになる。
報道によれば、普段は真面目な兄弟で近所の評判は悪くなかった。地下鉄で30分、パリ郊外の新興住宅地にある中級マンション。これがシャルリーエブド事件の犯人のすみかだった。通行人数名に出身地を尋ねると、すべてアルジェリアとモロッコ。かつてのフランス植民地。移民一世がパリに来て、ここに住んでいる人々は2世、3世だと思われる。
ムスリム居住地区=貧困地帯、というステロタイプの固定観念があったが、ここは必ずしもそうではない。昨今の格差社会で言えば、ここの住民は少なくとも「負け組」ではないようだ。
きれいなモスクがある。犯人の兄弟はここでお祈りしていたはずだ。あいにくモスクは閉まっている。中東のモスクは24時間開いているものだが、パリのモスクは、バカンス中はお祈りの時間だけしか開かないようだ。モスクが開いていれば、そこにいる人々にインタビューしようと思ったが、閉まっているのであきらめる。
地下鉄を乗り継いでサンドニ地区へ。この地区もほとんどがムスリムで、低所得者の多い地域。1998年にフランスでサッカーワールドカップが開催されたが、そのお膝元で巨大なスタジアムもある。犯人の父親はここに移り住んできたと言われている。サンドニの雑踏を歩く。露店が並び、公設市場の喧噪がある。ここはまさに「中東の下町」だ。犯人の兄弟はここで育ったと思われる。
さて、シャルリーエブド事件を3日にわたって追いかけてきたが、謎は深まるばかり。簡単に列挙してみる。
1 あれだけの事件なのに、人々の関心は極めて低くなっている。「私はシャルリー」のポスターはほとんど見かけない。あの熱狂は何だったのか?
2 警官射殺現場が保存もされず、献花もない。あの警官はヒーローだったのに。「警官は撃たれていないのではないか」という説もある。果たして…。
3 パリのムスリム=貧困というステロタイプのイメージは消去すべき。ホームグロウンテロリストと言われる犯人であったが、貧困に喘いでいたわけではく、差別・偏見にさらされていたわけでもなさそうだ。おそらくフランス社会のもっと底流に、「ムスリムやその他移民系住民」との隔絶があるのかもしれない。何が犯人たちをそうさせたか? 今後も同様の事件が発生してしまうのか? 残念ながら分からない。
パリの取材は以上で終了。明日からドイツ平和村。平和村ではネットがつながりにくい。ブログの更新はしばらく無理かもしれないが、安全地帯で取材しているので、ご安心を。


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このページは、nishitaniが2015年8月19日 21:27に書いたブログ記事です。

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