ガジアンテップその3

5月13日、仏テロから今日で半年が経過した。パリで起きたテロは、ここガジアンテップに逃げてきたシリア難民にとってかなりの悪影響を及ぼしている。あのテロ後、仏、露の空爆が激しくなり、トルコへ逃げてくる難民が急増。これ以上の難民受け入れを拒むトルコもまた、国境に壁を作り、シリア人をシャットアウトしている。さらにあのテロ後、「移民&難民排斥の運動」がヨーロッパ各地で起こっていて、シリア難民にとって大変厳しい状況が続いている。
午前10時、ガジアンテップ旧市街、チャーシャ地区へ。チャーシャというのは「イランの」という意味で、この周辺はイラン人経営の店が多いとのこと。
そんな街の片隅に5階建ての古びたビル。鉄の門扉をあけて階段を上る。
「アルハムザ」という名前のNGOがこのビルを借りていて、ここにシリア難民合計36家族が住む。いずれも昨日今日逃げてきた人ばかり。アレッポやホムスから逃げてきた人々は、人づてにこのNGOを知り、ここにやってきて仮の住まいを始める。賃貸料無料なので、ここでひとまず落ち着いた後、仕事や住居を探すのだそうだ。このビルに住む家族を取材。デリゾールから逃げてきた人々が多かった。ISに支配されたデリゾールでは、ISとアサド軍の交戦が続き、住民はその両方から殺される。シリア停戦後も「ISとアルカイダ系のヌスラ戦線だけは空爆しても良い」となっているので、米仏露などの空爆もある。住民にとっては踏んだり蹴ったりの状態で、ISの隙を見て、決死の脱出を図ってきた人々だ。当然、脱出中にISに発見されれば公開処刑。街の広場で吊るされてしまう。タリバンもISも同じことをする。公開処刑によって恐怖心を植え付け、住民の反乱を押さえつけているのだ。
アルハムザで一通り取材したのち、「コースクザ」という「私設小学校」へ。「コースクザ」とは虹という意味。子どもたちの将来に虹がかかればいいのだが。
ここには約60名の子どもがやってきて、音楽やアラビア語などを学んでいる。難民はトルコの学校にはすぐに入れないので、このような施設が重要である。シリアでの爆撃や両親を失うという体験をしているので、メンタリティーを保つためにも音楽や絵を描くことなどが重要。抱えたトラウマを何とかして和らげていかないと、子どもたちが壊れてしまう。
60人の子どもたちのほとんどが、父親か母親、もしくは双方をなくしている。父親だけがドイツに行って、ここに残された子どももいる。アラビア語の歌詞カードを持って、元気にシリアの歌を歌ってくれた。こうすることで心が癒されるし、アラビア語の文字を覚えることができる。ただ地元の小学校はトルコ語で授業をするし、買い物など日常生活でアラビア語が通じないところも多いので、トルコ語の勉強も必要だ。この「私設小学校」があるからといって、子どもたちにとって厳しい状況に変わりはない。
さて、ガジアンテップでの取材もゴールが見えてきた。新築マンションが立ち並び、大型ショッピングモールで楽しそうに買い物をする人々がいる。一方、廃屋や使われていない倉庫などにひっそりと暮らす難民たちがいる。戦争は貧困と障がい者の急増と格差拡大をもたらす。そんな「戦争のリアル」を伝えていくことで「戦争法廃止」につながっていけばいいなと思う。

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このページは、nishitaniが2016年5月13日 23:27に書いたブログ記事です。

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