トルコ・クーデターの背後にあるもの

8月15日早朝、イスタンブールに無事到着。現地の英字新聞「デイリーサバーハ」(毎朝新聞という意味)を求める。民主主義を求める新聞として創刊されたようだが、最近はエルドアン支持、ギュレン派に厳しい論調を展開しているようだ。
この新聞にヌレティン・ベーレンという人物のインタビュー記事が載っている。
要約すれば、ベーレンとギュレン師は幼なじみだった。ギュレン師はトルコ西部イズミルで活動を始めた。1966年からモスクの中に貧困層の避難所を作った。70年代に入るとトルコは学生運動が盛んになった。左翼と極右勢力の衝突で、保守派の学生は行くところを失った。ギュレン師は保守派学生の避難所を作った。アパートを借りて、寮と下宿にして、瞬く間に「ギュレン師のシェルター」は、トルコ全土に広がった。これはヒズミット(ギュレン運動)と呼ばれるようになった。やがてギュレン師はトルコの私立大学、予備校を建設、保守系学生を養成した。これで資金と名声を集めた。
旧ソ連が崩壊した。ギュレン師はロシアに進出。ロシアへ英語教師を送り込んだが、この英語教師の中に米国、つまりCIAのエージェントがいて、ギュレン師とCIAは密接につながるようになった。
1996年ギュレン師は弟子たちに、トルコの軍と警察、裁判所を支配せよ、と演説した。こうしてギュレン師はトルコの機密事項をつかめるようになり、それをCIAに流し続けた。ギュレン師の組織FETOとCIAは約40年前からつながっている。
だから、今回のクーデターは背後にCIAがいるのは間違いない。
以上がベーレン氏の発言要旨である。この新聞がエルドアン大統領の支配下にあって、ギュレン師に反発するキャンペーンを張っているのは明らかなので、話を全面的に信用することはできないが、「背後にCIAがいる」という指摘は、傾聴に値すると思う。話も具体的で、エルドアンと米国の関係を考えれば、「やるかもしれない」と思うからだ。
エジプトがいい例である。アラブの春で、民主的に選ばれた政権を、軍がクーデターで倒して、シーシが大統領になったが、ここは一気に「親イスラエル、親米政権」に変えられたのだ。
クーデター後、エルドアンはロシアに急接近している。この地域のパワーバランスがまた、激変していくのではないか。

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このページは、nishitaniが2016年8月15日 23:27に書いたブログ記事です。

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