ナチスの歴史から手口を学ぼう

以下は、9月末の京都新聞のコラムに書いたもの。小池に騙されるな、と言いたかった。小池には騙されなかったものの、大雨の中、わざわざ選挙に行かなかった(行けなかった人も多数いただろう)人が多数だったので、自公の組織に負けてしまった。投票率が60%を超えてくれば、劇的変化が起こったはず。国民投票では絶対に騙されないようにしよう。


今夏、ドイツの首都ベルリンを訪問した。ベルリンの下町「シュタウフェンベルク通り」にナチス時代の国防省がある。第二次大戦後、この建物はそのまま「ドイツ抵抗記念館」になった。玄関ロビーに1944年7月20日という数字と、将校たちの白黒写真。一番左のイケメン青年が、地区の名称にもなったシュタウフェンベルク大佐で、「ヒトラー暗殺計画」の実行者である。彼は貴族の出身で、北アフリカ・チュニジアでの戦闘で左目と右腕を失った。そのためボディーチェックがゆるく、計画遂行に適役だったとされる。この「7月20日作戦」はコードネーム「ワルキューレ」と呼ばれていて、トム・クルーズ主演の映画にもなっている。ヒトラー別荘での御前会議、作戦時間はわずか10分。大佐が会議室にアタッシュケースを置く。中には数分後に爆発する爆弾。大急ぎで会議室から抜け出す大佐。やがて大爆発…。暗殺計画は成功したかに思えたが、ヒトラーはすんでのところで救出されていた。「神がかり的に助かった」ことで、ヒトラーは自分を万能の神と信じるようになり、さらに暴走を強めていく…。
「抵抗記念館」の中へ。ナチスを支持する住民集会の写真がある。みんな右手を上げてハイルヒトラーと宣言している中で、一人だけ腕組みをする男性がいる。勇気ある抗議をした男性は、この後ナチスによって戦争の最前線に送り込まれ、戦死したそうだ。日本でも昨今、卒業式で君が代斉唱に起立しなかった先生が処分されている。なんとなく似てきているのか?
小学校の授業風景。子どもたちが右手を上げてヒトラーに忠誠を誓っている。思わず森友学園で「安倍首相ガンバレ」と宣誓させられていた園児たちを思い出す。ナチスによる焚書の写真もあった。新聞やナチス批判本は人々の目の前で焼かれていった。政治犯を銃殺している写真もあった。ドイツ共産党に始まり社民党、新聞記者、学生…。そして最後が教会だった。ハイルヒトラーと右手をあげる牧師さんたちの写真を見て、「ここまで来れば誰も反対できひんな」。シーンと静まった廊下で思わずつぶやく。
ベルリンの市街地を歩いていると「つまずきの石」に出会う。銅製のプレートが道路に埋め込まれているのだ。プレートに刻まれているのはここに住み、殺害されたユダヤ人の名前。通りを歩いていてこの石につまずいた人は「あぁ、この家の人がナチスに殺害されてしまったんだな」とホロコーストを思い出す。ドイツにとっては「負の歴史」であるが、その加害の歴史も含めて、風化させないようにプレートが埋め込まれているのだ。同時に、「社会が二度とつまずかないように」というメッセージも込められているのだろう。
ひるがえってわが日本はどうか?先日の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に、小池百合子都知事は毎年送っていた都知事名の追悼文を送らなかった。本来は追悼文だけでなく、朝鮮人たちが虐殺された場所に「つまずきの石」を置かなければならないのではないか。このような都知事が看板になって、新党ができるという。日本とドイツ、この違いは何なのだろうか?

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このページは、nishitaniが2017年10月27日 17:05に書いたブログ記事です。

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