取材レポート: 2006年3月アーカイブ

isala.jpgイラクから、イサーラちゃんの写真が届いた。この写真で、日本渡航のビザを申請しようと思う。 具体的には5月にアンマンへ行って、イサーラちゃんとお母さんのビザ所得をしてから、日本へ、という段取りになると思う。 アンマンのハリル(通訳)によれば、今のイラクは、外国人が入国するのはかなり危険である、とのこと。 現在バグダッドにいる綿井さんも「バグダッド市内に外出するのは、ロシアンルーレットに挑戦するようなもの」と語っている。現地取材は制限される。靴の上から足を掻いているような状態であろう。 おそらく5月に状況は好転していないだろうから、イラク国内でイサーラちゃんと出会えるのはほぼ無理だろう。なんとかしてアンマンまで無事に出国できれば、と願う。

昨日、イサームからまたまた最新現地情報が届いた。イラクの学校についてのインタビューだ。多くのイラク人が「スンニもシーアもクルドも同じイラク人だ」と考えているのに対して、宗派対立をあおり、内戦に持ち込もうとしているのが、アメリカ占領軍とかいらいであるイラク政府である事が、インタビューからも見て取れる。以下は訳文。

The Schools in Iraq

今回はイラクの学校について、そして占領軍が学校にどんな影響を与えているかについて書こうと思う。私は学校の先生たちがどのように教えているのか、どんな問題を抱えているのか取材を試みた。
最初は、36歳のムハンマド・アクラムで、彼はカラマの小学校で働いている。

私は8歳の子どもを教えています。イラクにおける学校の状態は落ちる一方です。学校内部は、贈賄行為やイラク政府の影響が及ばないために、非常に悪い状態です。生徒たちの一部は教師に対して尊敬していません。戦争前の方が、生徒に対する統制が取れていたので良かったのです
教師の一部には、宗派主義者がいます。彼らは生徒を名前で差別扱いします。例えば、オマールはスンニ派だけで使います。逆にアブドル・フセインのような名前はシーア派です。
私たちの教育レベルは低く、例えば文部省が教科書を印刷しなかったりするので、教育環境も悪いです。

占領軍は学校を再建したのか?
「いや、まだです。彼らはいくつかの学校の壁にペンキを塗ったり、机を交換したり、ほんの一部の修理をしただけです。

あなたは自分の子どもを学校に行かせているか?

はい。しかし私は子どもを自分の手で送り届けています。そして妻が迎えに行きます。自動車爆弾、道路爆弾、誘拐などが起こるからです。
数日前、アメリカ占領軍がモスル(バグダッドから北へ400キロ)で少女たちを乗せたスクールバスを止めました。占領軍は少女たちにベールを脱げと命令。そして彼らは少女たちの身体検査をしました。男性が女性の身体を触ることはイスラム社会では禁じられていることです。

イラク政府はこれらの問題を解決できるか?

いいえ。政府はアメリカ占領軍に対して無力なので、できないと思います。

一部の学校がうまく運営されていて、その他はダメだという事か?

いいえ。占領のため、全ての学校が大変悪い状況です。

スンニ派、シーア派、クルド人の学校の間で違いはあるか?

はい。クルド人の学校はバグダッドに比べてよい状態だと思います。教師についても、クルドの学校ではバグダッドやイラク南部よりも給料も待遇も良いと思います。スンニ派とシーア派については、同じ学校に行きますし、同じ状態だと思います。

2番目にインタビューしたのは、マジェード・マアード。彼は34歳で、東バグダッド、シャーブ地区にあるサラ・アルディーン中学校の教師。
「東バグダッドの大きなチェックポイントそばの学校にいたときは、銃弾から生徒たちを守るために、全ての窓を閉じて、土のうを積んでいた。アメリカ占領軍とレジスタンスとの間で戦闘行為があったからだ。
もしこのような状態があと2年続いたら、全ての学校は機能停止状態になると思う。教師たちの多くは賄賂を手にし、生徒は教師の言うことを聞かず、恐ろしい状態になるだろう。私たちはイラク政府に対してこの状態を改めるよう要求している。

--あなたは自分の子どもを学校に行かせているか?

私はまだ結婚していない。しかしイラクの家族にとって最大の問題は、息子たちを今のイラクの状態の中で、学校に送り届けることだと思う。彼らに何ができるのか?子どもたちが勉強する場所は学校しかないというのに…。

学校はいつ、もとの真っ当な状態に戻るのか?

占領が終わらないと無理だと思う。
イラクには戦争前、7500の学校があった。
戦後、その数は7300に減った。アメリカの爆撃で多くが壊された。ファルージャの戦いでは占領軍はバグダッドの西の学校を特殊な目的で占拠した。

一部の学校はうまくいって、他はダメだという事か?

そうではない。私たちは全て占領下にいるからダメなのだ。


スンニ派、シーア派、クルド人の学校に違いはあるか?

いいえ。全てのイラクの学生は、スンニ、シーア、クルドの別なく、同じ学校に行くからだ。ただクルド人自治区だけは、クルド人学生しかいない。なぜならアラブ人が住んでいないからだ。しかし今も全ての民族や宗派の間に違いはないんだ。

3番目のインタビューは、モハンマドさん、35歳の、東バグダッド、シフィニア小学校の教師だ。
「私たちはとても悪い状況の中にいます。本日、脅迫状が届きました。『学校を閉じよ、さもなくば校長と警備員を殺す』と書いてあった。私たちはどうしていいか分からなかった。近所の人々に知らせ、学校を守る手立てを考えた。

警察には電話したのか?

いいえ。私たちは警察を信用していないし、警察が守ってくれるとは思わなかった。

学校での事件を教えてほしい。

はい、たくさんあります。
1 ヌマン小学校… 今月6日、警備員が一人殺された。
2 バグダッドのカイロ学校…校長と警備員が殺された。
3 シャアブ学校… 先週、校長が殺された。
4 その他の女子中学校…校長が殺され2人の少女が誘拐された。
これらの犯罪の全ては、武装した秘密組織によるもので、全てがこの20日以内に起こったものだ。

犯人は誰か?

アメリカ占領軍が、ベトナムで行った計画をイラクでもやっているのだ。彼らはイラクを混乱させようとしている。
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あなたは子どもを学校に通わせているか?

いいえ。治安が全くないから無理です。
--
戦争前はどうだったか?

今よりずっと良かった。治安は良かったし、教育環境も。爆弾や軍隊も学校にはなかった。
.
最後はエマン・ハーメド。40歳で、息子を連れた学校帰りに出会った。いくらかの質問。
学校の状況を聞かせて?
毎日、息子を学校に連れて行って、そして連れ帰っています。誘拐が怖いのです。自動車爆弾も道路爆弾もあります。占領軍も怖い。彼らは何の理由もなく、ただ人々を怖がらせるために発砲します。
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学校はいつもとの姿に戻るのか?

占領が終わったら。そして全てのイラク人を代表する政府ができてから。

一部の学校はうまくいって、他はダメだという事か?
はい。一部の学校には素晴らしい教師がいます。コンピュータもあります。他にはない実験室なども完備した学校もあります。
--.
イラクの学校に求めるものは?

世界のほかの学校のように、イラクの学校が安全であってほしいと思います。

イサームからの報告は以上である。アメリカ軍は「ただ人々を恐れさせるためだけに発砲する」というのは、ハッサンからのメールにも「アメリカ軍の気まぐれ発砲」で傷ついた、とあった。インタビューに応じた全ての人が「アメリカの占領が終わらないと事態は改善しない」と答えている。新婚のハッサンは「今のイラクの状態では、子どもを作らない」と言っていた。通訳のワリードは高校の教師で、子ども3人である。
早く米軍を撤退させて、バグダッドでイサームやハッサン、ワリードと再開できる日が来るようにと願っている。

イサームから最新情報が届いた。アメリカ占領軍とイラク政府、さらにはイランの諜報部隊までがイラク国内に入り込んで、科学者や技術者を暗殺しているという。このような暴力がはびこる中で、住民たちに「落ち着け」というのは難しいだろう。暴力は報復を呼び、さらに暴力につながる。イラク国内の知識人たちや労働組合、女性団体、平和グループなどが連帯して「内戦回避」の動きを見せる時が来ている。以下、長文であるが、イサームのレポートを紹介する。

前回はイラクでの犯罪について書いた。今回はイラクの有識者(科学者、イスラム学者、医者、教師、パイロット)などの暗殺について書きたい。

2003年のイラク戦争前までは、誰もそのような危険にさらされることはなかった。しかし今や多くの有識者たちが毎日のように殺されるので、イラクは大変危険になった。有識者たちは自分自身を守る術を知らない。私たちは有識者たちがイラク政府に対して護衛を求めてデモをするのを見た。そして例えば、バグダッドより北へ400キロの、モスルでは、医師や科学者たちがモスル州政府に対して、護衛を求めてデモをした。
モスル州政府は15日間有識者たちを護衛した。それはモスルの一般市民にも及んだ。06年2月14日の市民的反乱以後のことである。

私はアリ・アルオバイディに会い、市民的な反抗についてたずねた。
この反抗は、治安回復のために良い方法だと思うか?

ドクターアリ
私たちは自分たち自身をどのようにして護衛するか分かりませんでした。毎日のように殺され、誘拐され、恐怖につつまれました。私はこの不服従闘争がモスル州政府に圧力をかけ、私たち有識者を守るように期待しています。
私はモスルで生まれました。90年代に科学者になり、モスルで何年もの間働いてきました。戦争前まではこんな事はなかった。戦争後、この問題は次第に大きくなり、2人の同僚は殺されました。私もいつ殺されるか分かりません。多くの科学者が他国へ逃げました。いつか、イラクで科学者を見つけるのが難しくなる時が来るでしょう。

誰が犯人なのですか?

--(アリ。誰が犯人か正確にはわかりません。しかし犯人たちは一般のイラク人ではなく、他国で訓練をつんできた人物であり、車を持ち、新しい種類の銃を持っています。計画的に殺しています。イラクを内側から破壊するのが目的なのです。

2人目はイサーム・アルラワウィ。彼はムスリム学者協会のメンバーでイラク大学教職員協会のメンバー。彼は以下のように述べた
これは暴政だ。我々は人類史上最悪の暴政下にいる。もし誰かがこの事態が事実かどうか確かめたければ、毎時間のように殺人があって、各家庭から誘拐や逮捕が頻発するニュースを、すぐに追いかけることができる。そしてこれらの犯罪の全てが、アメリカ占領軍とひ弱な政府によるものだ。私は「サダム時代が良かった」と言っているのではない。彼もまた邪悪だ。しかしイラクの町での犯罪はなかったし、有識者に対する殺人なんて皆無だった。

犯人は誰か?

私は占領軍とイラン政府だと思う。なぜなら彼らはイラクを破壊したいと思っているからだ。イラク内務省はイランが犯罪をするように手助けしている。イラク政府はこの暗殺作戦を隠蔽している。しかし私たちにも戦略がある。

暗殺されたイラク人有識者は何人くらいか?

最近では2月13日にハイサム・アリアザーウィというバグダッドにあるイスラム大学の教師が殺された。彼は182人目の犠牲者だ。スンニ派の学者80人、シーア派130人
が昨年だけで誘拐されている。30人が殺され、2000人以上の学者がイラクを離れ他国に逃げている。占領後、米軍は156ものイラクの大学にある研究所を爆撃破壊し、今に至るも復元させた所はない。今も閉ざされたままなのだ。それだけではない。米軍はイラクの美しいもの、美しい公的なビルや交通信号さえも破壊している。彼らはイラク国内を混沌とさせたいのだ。

この犯罪を止めるために何ができるだろうか?
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注意深く、そして激しく、犯罪を止めるように抗議デモをするのだ。市民的不服従で対抗する事だ。

ムスリム学者協会として、この犯罪防止に何ができるだろうか
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我々は犯罪を止める十分な力がない。私たちは軍隊のような銃を持っていない。しかしイラク政府とアメリカ占領軍に圧力をかけることができる。

もっとも危険な犯罪とは何か?

もっとも危険な犯罪は多くの人々が一つの場所で殺される事だ。残忍で、色んな場所で起こっている。例えば
1−アル・マダーエン(バグダッドから東へ60キロ)の悲劇。アル・マダーエンからの15人の収容者が、バグダッド東のジャミーラという市場で、拷問を受けた死体で発見された。
2—アル・シューラの虐殺。12人が一度に殺された。
3−アルイスカンではイラク警察が21人を逮捕し、殺害した。
4−アルイスカン(2度目)で、22人が同じように殺された。

他に何か?

これら全ての犯罪に際して、イラク政府は止めようとしなかった。ただ唯一、アリア・アルサーエディが、彼女はイラク国会議員で、この犯罪を非難し、殺された方々のリストを作り、殺害日とその詳細をイラク国会議長、ハジムアルハサーニに提出した。しかし何人かの国会議員たちが、間接的な脅しをかけて、彼女を沈黙させようとした。しかし彼女は勇敢だった。イラク政府はしかしながら、この犯罪を止めようとはしていない。

3番目にインタビューしたのは、A・Rさん。
彼はイラク軍の将軍。
占領軍は軍事基地で働いていたイラク人か学者に焦点を絞った。多くの科学者を逮捕し、一部を暗殺した。イラク科学者はインターネットを通じて助けを求めた。アドレスはwww.drusselstribulnal.org/acaddemics.htmである。彼らは国連やこの犯罪に興味のある人々に助けを求めている。占領軍による逮捕や襲撃、誘拐や暗殺からの救済である。このアピールは占領軍が科学者の名前の載ったリストを持っていることを示している。多くの科学者たちが家のそばや職場からの帰り道で拉致され、あるいは通りに死体となって発見されたニュースを聞く。

イラク人パイロットの暗殺については?

パイロットについては、話せば長くなるが…。
イランイラク戦争中にイラク空軍のパイロットであった人々が、イラク政府高官によって、とりわけたくさん殺されている。多くのイラク人政治家、イランの諜報部隊がこの犯罪の主役である。イラン諜報部隊は、占領後イラクに入国してきた。なぜなら占領後、イラクとの国境が占領前にイランに住んでいたイラク人によって開かれていたからだ。一つの目的はイラク人パイロットに対する報復だ。パイロットたちは暗殺されていったが、最も重要な犯人の名前は:
:
1- 1— イサーム・サエド 彼はイランイラク戦争中、ヘリ部隊のチーフだった。
2− カドフム・アルムハンマディ。 彼はイランイラク戦争中、イラクへの飛行機による拉致の企てを挫折させた。この飛行機には多くの乗客がいた。彼は大変勇敢だった。
3− ムンター・アルバイヤーティ。彼はアルラシード病院の医師だった。3人とも全て、殺されたときは現役を引退していた。

イランから来たこれらのグループの一つが、パイロットの家を攻撃した。彼らはパイロットを逮捕し、どこかへ連れ去った。このパイロットは95年に引退していた。同じ事がイブラヒムアルサイルにも起こった。犯人たちは特別な訓練をしていて、彼らの目的はイラクから科学者・技術者を放逐する事だ。

最後のインタビューは、オマールアブドルラーマンだ。かれはハイゼン氏の親友で、ハイゼン氏は最近殺されたばかり。
ハイゼン氏は私の親友だった。私たちは15年来の付き合いだった。彼はイスラム学校の教師で35歳だった。結婚して2人の子どもがいて、ハビビーヤというバグダッドの南東の町に住んでいた。
.
いつ、どのように彼は殺されたのか?

2月の13日、大学での仕事を終え、家に帰ろうとしたところ、数人の武装者に止められ殺された。.

彼は何かうらみでも買っていたのか?
いや、彼は物静かな男で、みんな彼を尊敬し好きだった.
--
誰が彼を殺したのか?
ハイザン氏を殺した犯人は、他の科学者や意思を殺している犯人と同じグループだ。それは秘密に組織された戦争なのだ。イラクに対する戦争において多くの効果をあげている。有識者たちは同じように働いているが、違った目的で働いているからだ。
Freelance Cameraman
Isam R. Abdul - Rahman

以上がイサームのレポートである。危険を顧みず、市中でインタビューするイサームに感謝。「殺されるなよ」とエールを送りつつ、さらなるレポートを期待する。

DSCF0005_.JPGイサームから最新情報が届いた。2月22日サマッラのモスクが爆破されて以後、イラク各地で虐殺が続いているようだ。目を背けたくなるような写真であるが、このように無残にも「同じイラク人同士」で殺し合いが始まっている。ボスニアやコソボでもそうだったが、いったん殺し合いが始まると、なかなか歯止めが利かなくなる。特に同じ民族同士、近隣者同士の殺戮は、「近親憎悪」の様相を呈し、憎しみはより深く、長く引き継がれる。内戦は絶対に避けなければならない。共通の敵アメリカに対する平和的な共同戦線 を構築し、暴力には対話で、自爆テロには抗議のデモで、アメリカ占領軍とテロリストを囲い込まねばならない。以下は3月3日に届いたメール。

Hi friends
I promiced you to send you the detailes for dead bodies pictures i've sent it to you before two days and below is the detailes.
They were two men
1-(he was with out eyes) his name was Khalid Waleed Ahmed,he was Sunni,36 years old ,married and he have three kids and the small one was 4 months years old only ,he was engineer,he work in privite companey , and he live in Ur area in baghdad.
In Thu 23ed of Feb 2006 at 6:00 pm when he have his dinner his house raided by several men and they wairing black and they came by many cars some these cars was for Iraqi police (as his brother said)and they arrested him and also they broken all the doors for house after three dayes they found him in the mourgue in Baghdad.
2-(he was with face) His name was :Wa'ad Jajim Mohammed ,sunni ,46 years old ,married and he have three kids too he live in Cairo area in baghdad ,he get arrested in Saterday 25th of Feb 2006 from His house also at 4:45 am and his family found his dead bodies in mourgue too after two dayes

友人たちよ
2日前に送った写真の詳しい解説である。
彼らは2人の男だ。
1枚目。彼の名前はハリド・ワリード・アーメド。36歳スンニ派。結婚して3人の子どもがいる。一番下はわずか4ヶ月。彼はエンジニアで、民間企業で働いていた。バグダッドのウーラ地区に住んでいた。06年2月23日、午後6時、家で夕食を食べてたとき襲われた。犯人たちは黒服を着ていた。多くの車でやって来て、いくつかはイラク警察の車だった。(弟の証言による)犯人たちは彼を逮捕し、全てのドアを壊し、3日後、バグダッドの「モーギュー」で発見された。
2枚目。彼はワード・ジャジーム・モハンマド、スンニ派で46歳。結婚していて3人の子どもがいる。バグダッドのカイロ地区に住んでいて、2月25日に逮捕された。早朝4時45分に家から連れ去られ、2日後「モーギュー」で家族によって発見された。

イサームやハッサンたち自身の安全まで心配になってくる。先日バグダッド在住のワリードに電話をかけたが通じなかった。彼らがバグダッドで「平和ツアー」のガイド役になれる日はやってくるのだろうか。イラクは今、一番困難な時期を迎えている。

昨日、「サマッラのモスク爆破から、イラクは内戦の危機」と書いたが、現地の状況が良く分かるメールを紹介する。このメールは友人のイサームが2月24日に送ってくれたもの。

2月24日メール到着
イサームより
Hi friends
Im sorry to say that but Iraqi sitiuation became very scary now and there is curfew 8:00am----- 4:00pm
and from 8:00pm ------5:00ameverday and for three days till now .
and below is the staory and this story will exiplain to you why that happened .
P.S
next story will be about crimes in Iraq /part 2
友人たちよ。
残念ながら、イラクの状況は大変恐ろしく、現在は朝8時から夕方4時まで外出禁止令が出ている。そして夜8時から明け方5時まで、また禁止だ。本日まで3日間続いている。そして以下はなぜ外出禁止令が敷かれたか、についての説明である。


Civil war was on the gates
内戦がそこまで
In 22nd of Feb 2006 morning some of armedmen
attacked Ali Al-Hadi mosque in Samarra (north Baghdad 150 km),they attacked the guards and destroyed the big dome on the mosque and there are two Imams buried there (Ali Al-Hadi & hasan Al Askari)and they are holy Imams for Muslims and specially for Shia and this attack made big noise and after that shia go down to the street and demonstrated in many of Iraqi cities and they were very ungry and they (shia)start attack sunni mosques and killed some of Sunni shaikhs (Imams) .
Mr Tarik Al Hashimi (head of Islamic party )sunni party )said: in 22nd of Feb 100 Sunni mosque attacked in deferent Iraqi places and some of them occupied by shia and they burn others.and also they (shia)attacked Islamic party building in Basra .
Al-Sistani and Muqtada Al-Sadr (the most important shia Imams in Iraq) asked the shia in Iraq to be quite and also said its not allow to any shia to attack Sunni mosque ,and about Ali Al-Hadi mosque attack ,Al-Sadr charge occupation forces and Al Zarqawi group in this attack .
06年2月22日朝、武装グループがサマッラのアリ・アルハディモスクを攻撃した。彼らは警備員を攻撃し、モスクの巨大なドームを破壊した。そこは2人のイマームが埋葬されている。アリ・アルハディとハッサン・アルアスカリだ。彼らは神聖なムスリム、特にシーア派のイマームである。大爆発音とともに攻撃が行われたが、その後、シーア派の人々は通りに出て大規模な抗議デモをイラク各市で行った。彼らは怒りにつつまれて、スンニ派のモスクを攻撃し始めた。そしてスンニのシェイク(聖職者のことか?)を殺し始めた。タリク・アルハシーミ、スンニ派のイスラム党の代表者は、「100のスンニ派のモスクがやられた。いくつかはシーア派に占拠されている。いくつかは焼き払われた。バスラのイスラム党のビルも攻撃された。シスターニとモクタダサダルはシーアの人々に対して「落ち着くように」「スンニ派のモスクを攻撃してはならない」と言っている。サダルは、アリアルハディモスクの攻撃について、アメリカ占領軍とザルカウィグループの関与を示唆している。

Adnan Al-Dulaimi and Ahmad al-Samarra'e (the important Sunni leader) condemn these attacks on Ali Al-Hadi mosque in Samarra and also the attacks on other Sunni mosques and Al-Dulaimi asked Iraqi people to be quite because occupation forces want us to fight between each other (as he said).

After one the demo in Baghdad city center in 22nd of Feb i interview two of shia people and first one was.
アドナンアルドゥライニとアハマドアルサマーラは、このモスクに対する攻撃と、スンニ派のモスクに対する攻撃を非難している。アルドゥライニはイラク人に落ち着くように諭した後、占領軍が私たちをお互いに憎しみ会うように仕向けているのだ、と言った。バグダッドのデモの後、シーア派のデモ参加者にインタビューした
Mr.Haider Hasan (shia)37 years old ,he work in ministry of oil and he said:
We are (mean shia) very angry today because some of terrorists attacked one of most important holy mosque for us and in this demo we ask Iraqi government to protect our mosques and Imams who buried in side the mosques,
we vote for Al Ja'afari government in last election and they should take there responsibilities to protect at less our holy Imams graves.
ハイダー・ハサンは37歳だ。彼は石油省で働いている。「我々シーア派は、もっとも神聖なモスクを破壊されてとても怒っている。デモ隊が求めたのは、イラク政府がちゃんと私たちのモスクを守るように、それと埋葬されているイマームを守るように訴えた。
私たちは先の選挙でジャファリに投票した。彼らは神聖な場所を警備する責任を負うべきだ。

--Who did these attack ?
I think ,there were from Ba'ath party(saddam party) because when they lost there control on Iraq they want to destroy it by making civil war between Sunni and shia.

--Who attack Sunni mosques?
At first ,I’m against that (he said) and i think they were some of not education shia people and couldn't control on there feelings and they start attack Sunni mosques and i would like to ask them to stop that because we don’t want this problem to be big and big.
「誰が攻撃したのか?」
彼らはバース党だと思う。彼らは支配権を失って、スンニとシーアの内戦を望んでいるのだ。
「誰が(報復で)スンニ派のモスクを攻撃しているのか?」
最初はあまり教育を受けていないシーア派の人々だったと思う。彼らは感情をコントロールできなくなり、スンニ派のモスクを攻撃したのだ。しかし私は止めるように言いたい。私たちは問題が大きくなるのを望んでいない。

22nd interview was with Mr. Abd Ali (shia),42 years old and he organized this demo and he said:
I organized this peace demo to send massage saying we have peace way to protesting against this bombing in Samarra but other shia people brought there guns and so difficult to control on their anger feelings (he said).

Who did that attack in samarra?

I think occupation forces and the people who were in ba'ath patry because both want to destroy Iraq from inside , and also our Iraqi government have big responsibilities in that attack because they didn’t protect the mosque well .
2番目はアブドアリ42歳だ。彼はこのデモの組織者だ。
「私はこの平和デモを組織した。サマッラのモスク破壊に対する抗議を平和的方法で行った。しかしシーア派の一部の人々は銃を持って参加した。彼らの感情をコントロールするのは難しかった。
誰がサマッラのモスクを攻撃したと思うか?
「占領軍とバース党の人間だと思う。彼らは双方とも、イラクを内側から壊したいのだ。そしてイラク政府にも大きな責任がある。彼らはモスクを警護しなかったのだ。

And we interview other two Sunni persons and first one was ,Mr.Omar Hamid 30 years old ,member of Islamic party .
(Omar) We feel sorry for the attacks on Samarra and other Sunni mosques and in the same time we feel very sorry for what happened for some of shia people in Iraq and how there reaction was bad when they heard about Samarra attack directly they go and attacked many Sunni mosques ,and i blame our prime minister Ibrahim Al-Ja'afari when he said to shia people (don’t attack Sunni mosques)that mean he charge Sunni people before he make sure ,and i think it was better for him to say (Iraqi government will open investigation about this attack in Samarra and we will punish the accused).
そして私たちは他の2人のスンニ派をインタビューした。オマールハーミド30歳。彼はイスラム党のメンバー。
サマッラのモスク破壊はとても残念だ。と同時に、シーア派の人々がイラクで行った事も残念だ。サマッラのモスク襲撃を聞いてすぐさま、彼らはスンニ派のモスクを破壊した。ジャファリ首相が非難されるべきだ。彼はシーアの人々に「スンニ派のモスクを攻撃するな」と言う一方で、スンニ派の犯行とは確定していないのにスンニ派を非難したのだ。「イラク政府はこの攻撃について調査している。後で攻められるべき人々を明らかにする」と言うべきだったと思う。

--Who did this attack in Samarra?

Occupation forces and who cooperated with them because occupation forces want to make Iraqi people busy with civil war and that will make it easier for them (occupation forces)to do there plans in Iraq .
and im sure the persons who do this attack in Samarra have permission to move in Samarra because it was curfew in samarra at that time .

-Who attacked Sunni mosques?

Really I’m sorry to say that ,some shia militia (Al-Mahdi militia)did that and they don’t know how much they help the occupation forces to do there plans in Iraq to make civil war in these kinds of attacks
誰がサマッラを攻撃したのか?
占領軍とその協力者だ。彼らはイラク人にゆっくり考えさせる時間を与えたくない。内戦を引き起こしたいのだ。犯人たちは外出禁止令の中で、移動する許可を得ている。あの時、サマッラは戒厳令下だった。
誰がスンニモスクを攻撃したのか?
残念だが、アル・マーディーの民兵だ。彼らはこのことで、いかにアメリカの占領軍を助けているか、分かっていない。

22nd interview was with Mr.. Alaa Ahmed , 32 years old , free work and he said :
I would like to say to shia ,Ali Al Hadi mosque is Sunni mosque and the two holy Imams ( Ali Al Hadi & Hasan Al Askari) were for both Sunni & shia that mean we are angry about that bomb like shia .and now we became angry more because of attacking in our Sunni mosques , but we respect our shaikhes when they asked us to be quite , and also I can't imagine I can fight with other Iraqis and ¥ hope that will never happen .
2番目はアラーアハメド32歳。失業中。
アリ・アルハディモスクは、スンニ派のモスクでもあり、2人のイマームは、シーアとスンニ両方の聖職者である。だから私たちは大変怒った。今やその怒りはさらに燃え上がった。スンニモスクが破壊されたからだ。しかし聖職者が「落ち着くように」と言っている。私はイラク人同士が争うのは望まない。

--who did the bomb in Ali Al Hadi mosque ?

I think the criminals who bombed in Ali Al Hadi mosgue were the same criminals who attacked Sunni mosques .
I saw one of attacks on Sunni mosque (Alaa said) it happened in front of me on Al- Quds mosque in Al Baladiyat area east Baghdad, I saw many land grousers cars came to Al- Quds mosque and they opened fire towards the mosque and when i saw them I became sure they got training before because they know what they do very well.

--Your hopes to Iraq and your massage to Iraqi shia people?
I hope Iraq will pass this problem in safe and i hope occupation will end as quick as possible and my massage to shia is (be careful from occupation collusion and to remember Sunni and shia are Muslims and all these mosques for Muslims.
誰がアルハディモスクを攻撃したか?
アルハディモスクとスンニ派のモスクを破壊した犯人は同一グループだと思う。バグダッドの東、アルバラディヤートのアルクッズモスクの前で、私はスンニモスクを破壊する犯人を見た。
たくさんのランドクルーザーがやって来て、アルクッズモスクに火を放った。彼らは訓練されていた。何をするべきか知っているのだ。
イラクの希望と、シーアの人々へのメッセージを
イラク人はこの問題を安全に解決すべきだ。占領をすぐに止めるべきだ。シーア派に言いたいのは、「占領軍の共謀に注意せよ。スンニとシーアはムスリムだ。全てのモスクはムスリムのものだ」

In 23ed of Feb there was press conference for Association of Muslims Scholars representative by Abdul Salam Al-Kubaisi and it was other Shia Association ,this conference was to end this problem (to drop water on the fire).
2月23日、イスラム学者を代表するサラーム・アルクバイシ師の記者会見があった。それはシーア派協会と共催だった。この記者会見は問題の解決の一歩だった。

Abdul Salam said:
The number of sunni mosque who attacked became bigger than yesterday its 168 mosques till now in deferent places in Iraq and 18 Sunni Shaikhs got kill till now .
Sunni in Iraq have big power (he add)and everyone in the world know very well how the Sunni in Iraq resist occupation forces and how it was big resistance and we will never use this power against shia because we both are Iraqi ,and we hope shia will understand that and use there power against occupation forces too to liberate Iraq and i ask them not to use there power against Sunni mosques .
and i would like to remind Al-Sadr how Sunni go and help there Iraqi brothers from shia in Najaf war in 2004 ,and i ask them to stop what they doing in Sunni mosques now

and till now every Iraqi afraid from the resulte of that attack and you can see that in Iraqi street all the shopes are closed and no one in the street everyone hide his family in the houses and Iraqi government did nothing real to end this problem just promice in the truth is the police and Iraqi army watch the militia when they do there crimes.
クバイシ師は語った。
スンニのモスクの破壊数は昨日より多くて、168に上った。まだ破壊が続き、18人のスンニ派聖職者が殺された。 イラクにおけるスンニ派の力は強く、世界中の人々が占領軍と戦っているのがスンニ派だと知っている。私たちは絶対にこのスンニ派の力をシーア派に向けない。私たちは双方ともイラク人だ。私たちはシーアの人々がその力を占領軍に向け、イラクを自由にする事を願う。その力をスンニ派に向けないようにお願いする。私はサドル師を守るために、04年シーアの聖地ナジャフに多くのスンニ派が馳せ参じたことを言いたい。スンニ派のモスクを破壊してはならない。
今に至るも、イラク人全員がこの攻撃の結果を恐れている。イラクの通りは全ての店が閉ざされ、人々は家に隠れ外へ出てこない。イラク政府はこの騒動を終わらせる何の有効な手立ても打たない。実際、警官もイラク軍も民兵が犯罪を犯してもただ見ているだけだ。


I feel sorry about my country all the street in Baghdad became empty and there is no kids in the road and when you walk in one of Baghdad street you feel you are in city for coasts

this story wrote by Isam Rasheed .
私の国バグダッドで、全ての通りが空っぽになり、道には一人の子どももいない。もしあなたがバグダッドの通りを歩けば、(誰もいない)海岸を歩くように感じるだろう。
イサームラシード

以上、イラクの現状が詳しくわかるレポートだ。見逃せないのは、「アメリカ占領軍と、イラク政府は、モスク爆破を知っていて止めなかった」ということだ。「外出禁止令が出ているのに、なぜ犯人たちはモスクに大掛かりな爆弾を仕掛けることができたか?」。内戦になって喜ぶのは、アメリカとイラク新政府とイスラエルとシリアと…。イラクの人々は、ただ普通に、平和に暮らしたいと願っているのに、まだまだこれから殺され続けていくのだな、と思うと暗澹たる気持ちに襲われる。明日は、「内戦」による虐殺被害者について。

イラク南部の街、メソポタミア文明発祥の地であるヒッラ市に住むハッサンからメールが届いている。2月5日には大阪地方裁判所で、このメールと写真について、裁判所に書面で提出し、「イラク戦争はまだ終わっていないこと」「アメリカの空爆や気まぐれ発砲によって人々が傷ついている状況」について証言した。メールの一部を紹介したい。

西谷さん、たった今、私はあなたに送る写真を集めた。彼らはアメリカ軍の攻撃によって殺されたり傷ついたりした無実の人々である。
若者のワリードは目と足を失った。彼が友人と一緒にカルバラへ行こうとしたときに、アメリカの戦車からの「気まぐれ砲撃」で傷ついたのだ。アメリカの戦車は何の理由もなく、警告もなしに、撃ったのだ。ワリードは仕事も政府やその他の人々からの補償もない。彼は「僕はサッカーが好きだったが、もうサッカーはできない。足を失ったので仕事もできないんだ」と私に語った。わずか25歳で将来への夢はたたれてしまったのだ。
もう一人は、52歳の老病人、ムヒエ・ハディだ。彼は重症患者で、左足はひざの上から切断している。右足は頚骨を骨折していて、右の切断されたアキレス腱と、それにつながる足首の後ろの組織が失われている。彼は足を失い、家族を養うことはできなくなったし、人生を壊されてしまった。
これらの写真は、イラク人の破壊された家を写している。それらはアメリカの空爆によるものである。逃げることのできた人もいるが、死んでしまった人もいる。
親愛なる友人よ:この写真はアメリカの戦闘機から13ものロケット弾を撃ち込まれダメージを受けた家である。幸いなことに、家族は父親が作ったシェルターに隠れていたため、数人の子どもが傷つき、一人の若者がなくなった(だけですんだ)。彼の名前はアヨウブ・ミドビス・ジャワドで、高校の歴史教師であり、またもや襲ってきた襲撃のために父親も数日後になくなった。
この写真は、何の援助もない状態の彼の子どもたちである
親愛なる西谷さん、私があなたに告げたすべての犠牲者は私の小さな町の人々であり、亡くなった人もいます。例えば、ワリード・イサン・クディーア、アキール・アブドゥサダ・サイード・ハッサン
そして私は南イラクのボウカにあるアメリカ軍の刑務所で足を切り落とされた男の話を知っています。また1年以上も何の審判もなく、刑務所に収容された若者(ハタム・ジャームト)のような人々も知っています。ハッサン

このメールは1月末現在のイラクの様子を伝えているが、現在のイラクはさらにひどい状態のようである。2月22日にサマッラのモスクが爆破されて以来、各地でシーアとスンナの殺戮が繰り返されているようだ。「イラクは内戦状態」に入ってしまったのかもしれない。この「イラク内戦」については、明日詳しく考察したい。

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