コラム: 2005年12月アーカイブ

昨夕、関西テレビ「ほっとカンサイ」に生出演させてもらった。8分ほどのコーナーだったが緊張した。「バグダッド空港で寸止めされた」ことは絶対に伝えたかったので、「政府は本当のサマワを見られるのがいやだったのでしょう」と言っておいたが、さて視聴者の皆さんに、この政府の姿勢がどれほど伝わっただろうか?
実際、私の帰りの飛行機には額賀防衛庁長官が同乗していた。私はエコノミーで彼はおそらくファーストクラスだっただろうから、機内で会うことはなかったが、空港で報道陣に囲まれていた。彼は5時間ほどサマワに入って「安全だ」「自衛隊は現地の人に求められている」と語ったが、私がもし入国していたら、3日間は滞在し、現地の人々、少なくとも20〜30人くらいにはインタビューを撮ってくるのにな、と感じた。
バグダッド空港で寸止め、については別の機会に詳細を暴露する。で、本日のテーマはテレビ局の現場である。
結論から言うと、現場スタッフは「まだまだ熱い」。権力者に対してチェックしていかねばダメだ、というジャーナリスティックな意識がある。だから私のようなものでも出演できるし、自衛隊延長問題について、コメントもさせてもらえた。特にニュース番組は作成者の視点が問題で、例えばイラク問題にしても、劣化ウラン弾という側面から捉えるのか、フセインの裁判を追いかけるのか、サマワの実態から斬っていくのか、(ただしこれは実際に入った人の映像がないと無理)、小泉首相はじめ政府関係者のインタビューを垂れ流すだけにするのか、で、「ニュースの質」が違ってくる。現場スタッフは、この「質」を追いかけるのであるが、実際には「視聴率」という「数字」で評価される。
「ネコが見てても1%」という言葉があるが、「数字」だけで計られる世界というのは、矛盾をはらんでいる。もっと「質」の面でも計られねばならない。つまり、視聴者からの「評価」「抗議」「激励」などである。
「1本の電話の後ろに100人がいる」と言われる。テレビや新聞で、例えば「沖縄の基地特集」や「あらためて731部隊について考える」など、何でもいい、「こんな番組、記事を待っていた」と思う報道があれば、励ましのメールや電話を入れてあげればいい。それが「質の向上」につながると思う。

昨日はイラクから白血病の治療に来ているモハンマド君(12歳)を取材した。
彼は廃棄された戦車の墓場で遊んでいて、1年半後ガンになった。一緒に遊んでいた15歳のいとこは死んでしまった。現在アンマンの「キングフセインがん病院」で治療を続けていて、薬の副作用で髪の毛は抜け落ちている。
アンマンで治療を続けるのは、財政的にも政治的にも難しく、この子を救えるのは、アッラーの神か、日本の支援しかないだろう。
父親は家と車を売って、旅費と治療費を捻出し、近所のアパートを借りて生活している。母親はイラクに残り、他の子どもの面倒を見ている。この家族はスンニ派なので、イラク政府からの援助はない。今の政府がシーア派で、ジャファリ首相は、明らかにスンニ派を敵視しており、この家族には援助が届かない仕組みである。
バグダッド北方の町タールミーヤには川が流れており、米軍はそこに劣化ウラン弾で破壊したイラクの戦車や装甲車をまとめて捨てているのだ。
12歳と15歳の少年にとっては、格好の遊び場となった。いとこは戦車の部品を家に持って帰りコレクションしていた。
彼の通う小学校では、もう何人もガンで死んでいるという。
「ブッシュにこの現実を見せてやりたい。今ここにブッシュが現れたら、俺は首を絞めて殺してやるよ」と父は私のビデオカメラに向かって叫んだ。
何とかして、このモハンマド君を日本に連れて来れないだろうか?大阪大学、京都大学あたりで治療は可能だろうか?寄付は集まるだろうか?
みなさん、何かいい知恵があれば教えてください。帰国してから相談しましょう。

写真をお見せできないのが残念であるが、ここ中東のトイレは日本とは若干違っている。便器のすぐ横に、なにやら怪しげな「第2便器」のようなものが鎮座ましましている。最初、「これは何をするものだ。足でも洗うのか」と思っていたし、実際に洗いそうになったこともある。
「第2便器」には蛇口が2つ付いていて赤からはお湯、青からは水が飛び出す。その使用方法が分からなかったので、しばらくは「第2便器」のお世話にならなかったのだが、ある日、トイレに駆け込んだ際、紙が備わっておらず「火急の事態」を迎えた。用を足してから仕方なく「かねてより熟慮していた使用方法」を実行に移すことにした。
まず「第2便器」に付属している赤と青の蛇口を調整して水温を「適温」にする。水を手に当てて計るのだが、大事なのは「ぬるめ」にしないと、その部分が敏感なので、熱いと「ギャッ」と飛び上がることになる。次に慎重に「第1便器」から「第2便器」へと移行し、ぬるめの湯を当てる。ここで慌てると、お尻のあらぬ所や背中に湯が当たって、身体を濡らしてしまうので注意が必要だ。うまく命中したらしばらく「快感」に身を委ね、やがておもむろに蛇口を閉じてフィニッシュ。
何のことはない、第2便器は「分離型ウォシュレット」だった。
このように、世界では紙を使用せず、水で洗い流す文化が主流のようで、例えばタイの奥地、カレン族のトイレもそうだった。カレン族のトイレは通常家の外にあり、竹で囲まれた小さな小屋になっている。例えば夜に「火急の事態」を迎えると、さまざまな困難が待ち受けている。まず真っ暗闇の中でトイレを探さねばならない。うまくトイレまで行き着いたとしても、今度は手探りでドアを探さねば中に入れない。ドアを探しながらも刻一刻と「火急の事態」が迫ってくるので、かなりあせってしまう。ようやくドアを発見し、月明かりの中で用を足す。この頃には目が慣れてくるのであるが、よく見ると、便器の前にネコがいる。今ここでこいつに飛びかかられたら大変な事になるな、と、ネコとにらめっこしながら用を足してからが問題だった。「紙がない」のだ。
便器の横に水がめがあって、そこに赤い小さな洗面器が一つ。これで水をすくって洗え、ということだ。仕方なく水で洗い流す。つまり「指ウォシュレット」である。この際重要なのがどの指を使うかである。普段からよく使う人差し指ではなく、使用頻度の低い薬指がおすすめ。石鹸で入念に洗っても、しばらくは「ほのかに臭いたつ」ことになる。
感心したのが、インドの「トイレおじさん」である。ムンバイの空港でやはり「火急の事態」に陥り、トイレに駆け込んだのであるが、またも「紙がない」。しばし絶望にくれていると、トントンと私の肩を叩く人物がいる。振り向くと「トイレおじさん」が微笑みながら紙を持って立っている。地獄で仏とはこのこと、「サンキュー、サンキュー」とおじさんの紙を奪うようにしてトイレに入ろうとすると、「トイレおじさん」は右手を差し出す。「あぁ、チップね。ありがとう。助かったので奮発するね」と1ドル札を握らせた。
用を済ませて手を洗おうとすると、今度は石鹸を持って立っている。何と素敵なおじさんであることか、とその時は感謝していたのであるが、後でじっくり考えた。
はて、あのおじさんはどうしてトイレに立っていたのか?あらかじめ備え付けてあるトイレットペーパーを抜き取り、私のような「火急の事態」を迎えた人物が飛び込んでくるのを待っていたのではないか。何しろ緊急事態なので、トイレットペーパー1本10ドル、と言われても買ってしまうだろう。インドにはいろんな商売があるものだな、と妙に感心してしまったのであった。

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