コラム: 2006年8月アーカイブ

イスラエルとヒズボラがようやく「停戦」した。しかしこの地域は「火薬庫」であって、おそらくそう遠くない時期にまた戦闘を始める可能性が高い。私は昨年、一昨年と3度にわたってイスラエル、レバノンを訪問したので、その経験からこの戦争の意味と今後の中東情勢について、私なりの意見を述べてみたい。

「えっ?靴下も脱ぐの?」。ここはヨルダン〜イスラエル国境の入国管理事務所。イスラエル兵士が、私の持ち物検査を行う。持ち物に続いて身体検査。金属探知機で「なめるように」全身を探査。上着を脱げ、シャツを、ズボンを…挙句の果てに靴下まで。私の所持品に大きなビデオカメラとデジカメがあり、その中にイラクの写真が入っていたので、「これは何だ」と尋問される。尋問・調査は延々と5〜6時間続き、ようやくイスラエルへの入国が認められたのだが、これが「イスラエルの日常」と言っても過言ではない。ジャーナリストの入国を極度に嫌う国。つまり「真実を知られたくない」、後ろ暗さを持つ国イスラエル。
イスラエルが最も撮影されたくない場所の一つが、「21世紀のベルリンの壁」だろう。聖都エルサレムから車で20分も走れば、高さ8メートルの巨大な壁が現れる。エルサレムはイスラム、キリスト、ユダヤ教の聖地。そのすぐ隣は「ヨルダン川西岸」。オスロ合意で、パレスティナ人に与えられた地域。イスラエル政府は、エルサレムとヨルダン川西岸を切り離すように、壁を建設している。この壁は完成すると全長700キロになるといわれている。
会社や学校はエルサレム側にある。壁の向こうに住むパレスティナ、つまりアラブ人たちは延々と壁に沿って歩いてきて、ところどころにある壁の隙間から出てくる。そこにはイスラエル兵がいて、一人一人のIDカードをチェックしている。チェックされるパレスティナ人にとって、エルサレムはふるさとである。「俺はエルサレム中学出身だ」「旧市街で育ったんだ」などの思い出を持つパレスティナ人が、そのエルサレムに入ることを制限されている。
エルサレムからPLO本部があるラマラの間には「カランディア検問所」というのがある。人々はそこでバスを降り、歩いて検問所を通過する。順番待ちの長い列ができており、イスラエル兵士にパスポートを見せて通過する。兵士の機嫌が悪いとき、あるいは自爆テロなどがあっあったときは、検問所を通過するのに何時間もかかる。たまたま私が「カランディア検問所」を通過しようとしたとき、救急車がやって来た。しかしカランディア検問所前には、そこを通過しようとする車の長蛇の列。救急車はサイレンを鳴らしながら渋滞の車列を避けようとするが、なかなか前へ進めない。「あんなふうに救急車が通れなくなって、車内で死亡するパレスティナ人も多いんだよ」と、順番待ちをしている老人が、「パレスティナの日常」について語る。
イスラエルとパレスティナの日常を見ていると、「和平は遠い」と感じる。第一次中東戦争からすでに60年弱。土地を奪い、今も入植を続けるユダヤと、ふるさとを追われるアラブ。日常的にこれだけの「格差」があれば、憎しみも増殖される。
ベイルートを訪れたのは昨年の11月だった。ベイルート入りしてまず訪れたのはハリリ元首相の暗殺現場。現場は国連の管理下に置かれ、立ち入り禁止。ハリリという一人の要人を暗殺するためにホテルごと吹き飛ばす、という大規模なもので、間違いなく「プロの仕業」だった。犯人はシリア?いやイスラエルかもしれない、などと言われていたが、真相はまだ藪の中。ただ今回のイスラエル対ヒズボラの戦闘にいたる経緯の中でハリリ暗殺は一つの伏線だったと思う。ハリリ暗殺後、シリア軍がレバノンから撤退を余儀なくされたのだ。レバノンというモザイク国家を実効支配していたのは、シリアだった。イラク、イランと並んで「悪の枢軸」に数えられているシリアにとっては、なんとしても「アメリカからの先制攻撃」を避けねばならない。つまり、ハリリ暗殺は真相が判明しない中だが、国際世論を敵に回さないためにも、レバノンから撤退せざるを得なかった。しかし、シリアとしては「アメリカ・イスラエル連合に一矢を報いたい」と考えても無理はない。ヒズボラを陰で支えて、イスラエルと互角に戦えるように、武器を供給していたとしても不思議ではない。
イランはどうか?ここも「危機的状況」である。アメリカが次に襲いかかるとすれば、イランである可能性が高い。イランとしては、レバノンのヒズボラを支援し、イスラエルと戦わせれば、圧倒的に火力で勝るイスラエルが過剰にレバノンを叩くので、国際世論はイスラエル非難に転じ、アメリカ・イスラエルの無法ぶり、をアピールし、ひいてはイラン先制攻撃をさせないような世論作りにつながる。
つまりこの戦争で相対的に勝利したのは、シリア・イランであり、武器商人と石油産業である(原油が上がれば石油産業が儲かる)。
逆に言うと、イスラエル・アメリカ連合は、ますます国際的に孤立し、信用を失ってしまった。イラク戦争後、アメリカはあえて国際的信用を失ってでも、戦争を続ける国になっている。

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