nishitani: 2005年11月アーカイブ

今回もアンマンからイラクへ白血病のクスリなどを送ろうとして悪戦苦闘していたのだが、結論として薬を送るのは無理となった。なぜか?
イラク政府が、「人道支援」であってもクスリを受け取ってはいけない、と病院に厳命しているのだ。
今のイラク政府はアメリカの傀儡なので、米政府に「クスリを受け取るな」と命令されたのだろう。つまりこういうことだ。
アメリカは劣化ウラン弾の使用は認めたが、それによるがん患者の急増は認めておらず、「劣化ウラン弾は通常兵器」と開き直っている。だからイラクでがん患者が急増している事を認めたくはない。
よって、クスリは必要ない。だから援助を受け取るな。
連日、アメリカの空爆とイラクか以来政府の攻撃とテロリストの自爆にさらされている、イラクの普通の人々にとっては、「がん患者どころではない」状態だろう。ちょうど東京、大阪大空襲のときに、障害者が「邪魔者扱い」にされていたように。
今のイラクでは、ただ「スンニ派である」という理由だけで人々は殺されている。マスメディアが発表する「本日は何人死亡」という記事は、「メディアが把握しただけ」の数字であって、実際にはその数の数倍は死んでいる。何も爆発だけで死んでいるのではない、銃の撃ちあいで殺されたり、重傷をおって即死は免れたが、病院で死亡するケースも多々ある。
で、今回の援助は「食用油」にした。イラクには「レイションカード」といって生活物資を配給するカードがあるが、こちらの情報によると、中でも「砂糖、米、油」が不足しているらしい。アラブ料理は何でも油でいためたり、直接オイルをかけて食べたりするので、油は欠かせない。
20日に訪れた「ヒマワリの種で作った油」工場から、ファルージャ難民へ向けて「出荷」しようと思う。
問題はやはり治安である。トラック運転手に高額の「輸送料」を支払わねば、誰も行きたがらない。
当たり前だ。私も行きたくはない。で、現在交渉中である。限られた予算でやりくりするが、「アラブの交渉術」になれないといけないな、と思う。
誠実な人ばかりだと信じたいが、時としてだまされたりするので、何とか値切れるとことは値切って、多くの油を、と考えている。

24日から26日まではレバノンのベイルートで過ごした。ベイルートではどういうわけかネット環境が悪く、ブログにアップしようとして1時間ほどかけて書いた原稿が、一瞬にして消えてしまった(泣)。で、アンマンに帰ってからこの日記を書いている。
ベイルートは美しい街だ。地中海に面していて、高くそびえる山々には雪が積もっている。海に面しているので、魚料理が食べられるし(中東では珍しい)、ワインもGOOD!レバノンにはキリスト教徒が多く住んでいるので、レストランで酒が飲める。願ってもない国ではないか。天木さん(元レバノン大使)はいいところに住んでいたんだなぁと実感。
そんな美しいベイルートであるが、その歴史は血に染まっている。
内戦を繰り返してきたので、あちこちのビルには弾痕が残っているし、空爆によるものなのか、爆弾テロなのか、半壊したビルも珍しくない。
ハリリが暗殺された場所へ。この場所は、いわば「レバノン人の追悼場所」のようになっていて、写真を撮りながら祈りをささげる人が訪れる。ハリリ暗殺には諸説ある。シリア政府の犯行だ、いやイスラエルだ、アルカイダかも…と、日本でもそれぞれ自説を展開する人がいるが、現場を見て感じたのは、「これは大規模な計画で、政府レベルの機関による犯行に間違いないだろう」ということ。
ハリリが立ち寄るはずのホテルが丸ごと吹っ飛び、近隣のビルや商店も被害を受けている。
狙った獲物は絶対に殺す、という、明らかに「プロ中のプロ」の仕業。
個人的には、やはり「シリア政府ではないか」と感じる。ブッシュに「悪の枢軸」と名指しされ、国連からは「レバノンからの撤退」を迫られ、ハリリがその圧力をバックにシリアの撤退を迫っていた時期である。シリアのアサド大統領自身が、「言うことを聞かねばハリリを殺す」と宣言していた。シリアは独裁国家なので、アサド大統領を止める人物がいなかったのだろうと感じる。ちょうど今の北朝鮮のように。
北朝鮮との類似点に、「拉致問題」がある。
何しろシリアによると思われる拉致被害者は、少なくとも数百人。イスラエルもレバノン人を拉致していると考えられており、単純化していうと、「キリスト教徒はシリアに」「ムスリムはイスラエル」に拉致されている疑いが強い。この国での内戦はキリスト教徒対ムスリム、いわばイスラエルとシリア(アラブ)の代理戦争の様相を呈していたようで、互いが「調査のため」にそれぞれの兵士を引っ張っていったのだと考えられている。
拉致問題は、私たち日本人にとっても身近な問題である。国連の前でテントを張って息子や娘たちの生還を願う人たちを取材した。その姿は横田夫妻や有本夫妻とダブって見えた。
おそらく、アメリカの次のターゲットはシリアであろう。イランを転覆させるには強大すぎる。シリアはいわゆる「独裁社会主義国家」で、ここを「民主化」すれば巨大なマーケットが、またアメリカの手に落ちる。もちろん、シリアをつぶすことでイスラエルを防衛することになる。
1982年に現イスラエル首相、シャロンによって2000人以上が殺されたパレスティナ難民キャンプを訪れた。入り組んだ路地に建物がひしめきあって建っており、下水や道路が整備されておらず、そこだけが「発展途上国」のようだった。中東諸国の歴史をたどると、結局はパレスティナ問題に行き着く。イギリスとアメリカによる(意図的な?)ボタンの掛け違え、が21世紀になった今も、民衆を苦しめている。

本日から3日間はレバノンのベイルートです。ハリリが暗殺された現場や、シリアとの関係がどうなっているのか、ヒズボラとイスラエルとの戦闘は?パレスティナ難民キャンプは今?シリアに拉致されたレバノン家族の嘆き、などを取材できればいいなぁと思っています。で、以下はアンマンで書いたものです。

11月22日はラディソンSASホテルを訪問した。11月9日、結婚披露宴会場に3人の自爆テロリストが突っ込み、60人以上を殺害したあのホテル現場である。テロリストはザルカゥイの組織を名乗るイラク人で、うち2人は夫婦だった。妻の方は爆弾を身体に巻きつけていたものの、不発に終わり、現在アンマンの治安当局に勾留されている。
ホテルの正面に「テロに屈せず団結して戦おう」という横断幕。その横には犠牲となった60人余の名前が記されている。多くはアラビア語表記だが、3名の中国人だけは英語表記である。
「ワ・サタバカー・ビクラークム・フィ・ヌフーシマ・ダーイマン」(あなた方は永遠に私たちの心の中で生き続けています)とアラビア語で大書された看板。驚いたことに、その看板に千羽鶴がかかっている。日本が大好きなヨルダン人たちが、ヒロシマ・ナガサキから学んだのであろうか。それにしても大きな爆発だ。ホテルと駐車場を区切る植え込みの木までが爆風で倒れている。急いでホテルを改修したようで、周囲には爆風で飛ばされた階段や壁の一部、部屋の枠組みなどがゴミとなって捨てられている。
アルカイダをはじめ、テロリストグループが使用する爆弾は、悲しいことに性能が向上し、多くの人を殺傷できるようになってしまった。街には「テロに屈せず、ヨルダン人は団結しよう」というポスターが張り巡らされている。アンマンが平和であっただけに、人々は大きなショックを受けている。
24日、ヨルダン病院の入院患者を取材。ジアッド(38)はその時、SASホテルで行われている結婚式に参加しようとしていた。一族の長に続いて、ホールから披露宴式場に入ろうとしたその時、白い閃光に続いて爆音がとどろき、体ごと吹き飛ばされた。鉄片や木くず、人肉が「シャワーのように」降ってきた。一族の長が「壁の役割」になって、ジアッドは一命を取りとめた。
「妻は?母親は?」慌てて式場に駆け込み、家族の無事を確認してから、負傷している人々の救助に当たった。人々を助け出しているうちに、力尽きてその場に倒れてしまった。倒れてから、腕や足を骨折して、出血している事に気がついた。救急車でこの病院に運ばれ、昨日、はじめてちょっとだけ歩けるようになった。傍らには新妻がかいがいしく看病している。2人の赤ちゃんが生まれて40日後の出来事だった。

「テロリストがイラク人であったことについてどう思うか?」とたずねたら、「何人でも同じ。無実の人を殺してはいけない。彼らは本当のイスラム教徒ではない。洗脳されているんだ」と答えた後、彼は「日本も標的になるかもしれないよ」と付け加えた。

一昔前なら、人々はこの表題を見て驚くか、ニヤつくか、眉をひそめたことであろう。昨夜、私はアンマンの繁華街にある「ターキーバス」、つまり「正式な」トルコ風呂を経験した。受け付けで「入浴料」を支払い、服を脱いで「マッサージルーム」へ行くと、フィリピンからの出稼ぎ女性が入念に全身をマッサージしてくれる。フィリピン女性が全身マッサージ、と聞くだけで世の男性諸兄は「ムフフ」状態であろう。しかし繰り返し言うが、ここは「正式な」トルコ風呂である。足裏や首のツボ、背中や肩のマッサージで、驚くほどに肩のこりがスッキリ。
マッサージ嬢はフィリッピン出身なので英語OK。いわゆる世間話で生い立ちを聞くと、彼女は9人兄弟の6番目で、5年前からヨルダンに出稼ぎに来ている。フィリッピンでは裕福な家庭のメイドをしていた。単身でアンマンに来たときは、本当に心細かったという。朝10時から夜11時まで働いていて、マッサージ嬢は全てフィリピーナ。この5年間で故郷に帰れたのは1回だけで、休日もろくにもらえないため、ボーイフレンドもおらず、32歳になった今も独身だ。
中東ではこのようなフィリピンや中国、インド、バングラディシュなどからの出稼ぎ者が多い。フィリピン、インドは英語をしゃべるので、仕事をするにもアドバンテージがあるのだろう。
「トルコ風呂」に入浴したのは、通訳のハリルと、ファルージャから逃げてきた建設会社社長のザキー、そして私の3人。ザキーはイラクの富裕層で、お金を持っているがゆえに、身代金目的で、昨年長男を失った。
貧しいがゆえにフィリッピンから出稼ぎに来ているマッサージ嬢が、戦争のために息子を失った社長の肩をもんでいる。
さてどちらが幸福なのだろうか?誰が幸せで誰が不幸せなんて、他人が計れるはずがないが、憲法9条に守られ、戦後の高度成長の中、平和と豊かさの中でに暮らすことのできた私が、一番苦労知らずに育ってきたことだけは確かなようだ。

昨日(11月21日)はもう一つ重要な仕事があった。それはイラクからアンマンへ逃げてきた人へのインタビューだ。イラク南部のシーア派の街、ナジャフ出身のムハンマドさんにインタビュー。彼に「今からイラクに行くかもしれない」といったら、ビックリしていた。危険だといったが、幸運を祈ってくれた。バスラ〜サマワの道が危険だという。主にサマワの自衛隊について尋ね、彼は以下のように答えた。

概してイラク人は日本人が大好きだ。自衛隊も人道支援をしている限りはグッドである。しかしさまざまな問題が出てきている。例えば、自衛隊はジェネレーターを購入してくれた。これはユーフラテス川からの水をくみ上げて、浄水を作るために必要だ。しかしそのジェネレーターはわずか8時間動いただけでストップしている。サマワ政府が、ジェネレーターを動かすためのガソリンを供給しないからだ。政府関係者は汚職にまみれ、人々の生活を改善しようとはしない。彼らサマワ政府の役人たちは、新政権になってからサマワ以外の地域から送り込まれた「よそ者」で、サマワの人々からは信頼されていない。自衛隊はそのサマワ政府の役人としかコンタクトを取らないため、サマワの普通の人々の要望が反映されているわけではない。
加えて、一般のイラク人には受け入れがたい事態が進行している。それは急速な「イスラム化」である。私はシーア派であるが、宗教的な人物ではない。因みに私には4人の姉妹がいるが、2人はスンナ派と結婚し、2人はシーア派と結婚している。フセインの時代(戦前)は、誰もそのことを気にする人はいなかった。
例えば、私は大学に6年通って技術者になったが、学生時代は誰がスンナかシーアかなんて気にしなかった。私たちは「イラク人」だった。戦後、ダーワ党やムクタダ・サドルのグループなどが宗教的に区別していく。クリスチャンでも、ユダヤ教徒でさえ、私たちは区別しなかった。老人が困っていたら、「老人だから」助けていたのだ。
ダーア党、サドルのグループなどは戦前、「アンチ・フセイン」で南部の人々から人気があった。しかし今は尊敬していない。もし来月の選挙でこれらの宗教政党が勝てば、イラク南部はイランに支配されてしまうだろう。イランやサウジのような宗教が支配する国にはしたくない。アメリカは「イラクを自由にする」と言った。しかし結果としてイラクにできた政権が宗教的なものになれば、自由はなくなる。アメリカは「自由」といいながら結局、フセイン時代より不自由な国に作り変えようとしているのだ。

ムハンマドさんは以上のように答えた。
イラクでは治安の回復が一番の問題である。と、同時に「政教分離」の国であり続けなければならない。日本でも小泉首相の靖国参拝が問題になったが、政治の場に宗教が介入してくるとろくなことはないのだ。イラクはかつて中東で一番「政教分離」されていた国だった。女性の社会進出も他国と比べて進んでいたし、教育水準も高かった。フセイン政権の負の部分が強調されがちだが、良かった点もあった。来月の選挙で、人々はどのように判断するだろうか?もちろんフセイン時代のような独裁国家ではダメだ。しかし「イスラム国家」も、窮屈で、多くの人々が望んでいないのも、また現実なのだ。

今日(11月21日)はアンマンの「ヨルダン病院」を訪問した。雨の中、(アンマンは寒い!)病院の受付で取材依頼。エントランスには花束を抱えた小学生の一団が。自爆テロ被害者のお見舞いにやって来ている。その小学生の一団と一緒に、患者の部屋へ。一人の女性がベッドで眠っている。彼女を撮影したかったが、彼女本人へのインタビュー許可は下りなかった。爆発のショックで精神的に不安定で、親族以外の誰ともしゃべることのできない状態であるという。
ベッドのそばで心配そうに立っている男性が、彼女の弟、サーミー(34歳)。彼は結婚式に10分遅れで参加した。急いでホテルに向かっているときに大爆発が起こった。新郎新婦は彼の親族で、18人が殺され、25人が傷ついた。まだ6人が入院している。新郎新婦は生きているが、新郎の両親は死んでしまった。自爆テロリストは、イラクから来た夫婦。一人(妻)は自爆に失敗して生き残っている。
ベッドに眠っているサーミーの姉(40歳)の状況について、かかりつけの医師に聞いた。
自爆テロ直後の様子は?
約60人が運ばれてきた。この病院だけでは手当てできない数なので、他の病院へ回された患者もいる。60人は生きている、死んでいるにかかわらず運ばれてきた。何体かは人間の原型をとどめず、ピース(人体の一部)となってやってきた。バラバラになって頭がない遺体もあった。運ばれてきたときはもうすでに危篤状態で、2人が治療の甲斐なく死んだ。逆に助かって帰宅できた人もいる。サーミーの姉のケースは、首に刺さった爆発の破片が脳に回ってしまった。彼女は左半身不随だ。今はしゃべれない。心の傷でしゃべりたくないようだ。ショックが大きすぎる。私は当日だけで10回の手術をした。13分以内に他の病院からも医療スタッフが集まった。病院の施設も良くて、医師の技術も高かった。
テロリストについてどう感じているか?
全ての人が無実だ。結婚式という幸せの絶頂から地獄に落とされた。人間性のかけらもない。どうして無実の人を狙うのか…。

病院を後にするとき、女子高校生の一団が花束と国旗を持って見舞いに来ていた。先週、アンマンでは約50万人もの人々が、「テロを許すな」というデモをしたそうだ。ザルカウィはそのアンマン出身者である。「アメリカを許さない」という人は、ここアンマンでも多数派だ。人々はイラクやパレスティナにシンパシーを感じている。しかし無差別に人々を殺戮するアルカイダなどのテロリストも許してはならないのは当然である。

11月20日午前11時(現地時間)、ようやくアンマンに到着。空港でハリルと再会。ほとんど寝ていないが、いきなり「植物油工場」を視察。ここでは「ひまわりの種の油」を作っていて、製品はイラクへ輸出される。1990年代、経済制裁で多くのイラク人が死んでいったので、せめて食料だけは輸入できるようにと、国連で「石油と食料の交換決議」が通り、以後、この工場から油が輸出されている。
ハッサン副工場長の話によると、イラクでは「食糧配給カード」がもう6ヶ月も発行されておらず、貧しい人々は食料が手に入りにくい状態にある、とのこと。フセイン政権のときは、曲がりなりにも飢えてはいなかったのだが、新政権になって、どういうわけか人々の命綱である「配給カード」が途絶えだしたのだ。
もちろんヨルダン〜バグダッドの一本道をトラックに積んで運ぶのだが、途中「強盗たちに襲われる危険」が一杯である。ハリルは何度か、そのトラックと一緒にイラク入りをしている。「俺はニンジャだよ。危険をこの鼻でかぎわけるのさ」とハリル。中東では、ニンジャ、サムライ、ゲイシャガールなどはそのまま通じる。
今回の人道支援は、食料と毛布にしよう。家を失った人にとっては、この冬をいかに過ごすか、が火急の課題だ。
ハリル家に到着。奥さんの手料理と熱いシャワーに癒される。ビールを買ってきてもらい、ハリルと乾杯。イスラム圏だが、家の中で酒を飲む人は多い。さすがに外のレストランでおおっぴらには飲めないが、こうして「隠れて」飲むのはオーケーという人が多い。祈りの時間を告げるアザーンが響く。今日はぐっすり寝て、明日から取材だ。

本日(11月20日)午前5時半、ドバイ国際空港に到着。21ドル出せば、インターネットつなぎ放題の店があるので、そこでブログを更新しようとしたが、なぜか私のPCに接続できない。店のPCはネットに接続できるが、肝心のホームページがアラビア語か英語に文字化けするので、店のPCは使えない。ここでブログを更新するのは無理なようだ。
さて、今回の取材はどこまで踏み込むことができるだろうか?昨晩のBBCニュースによると、またもイラクで自爆テロがあり数十人が死亡した模様。バグダッド近辺は危険だろう。バスラルートで入れるかどうか?
アンマンで支援物資の調達と、輸送ルート、輸送車の確保、先日の自爆テロの取材、そうしたことを続けた後に、イラク入りについて判断しよう。
大阪市旭区の中学生が送ってくれたおもちゃも、持っていければと思う。バスラで、原爆アオギリの植樹先を探そう。アオギリについては、ぜひバスラ政府の方とコネクションをつけて、アオギリを植えた周囲を公園にしてもらうなり、ヒロシマとバスラを結ぶモニュメントを作成するなりして、後世に残したいと思う。
いつか、日本の学生たちがバスラを訪れ、アオギリの前でイラクの子どもたちと記念撮影する日が来ることを願う。

今日から中東で2週間を過ごす。関空からドバイまで11時間くらい。ドバイで3時間ほど待って、アンマン着が明日の午前11時頃だ。(日本時間午後5時) ドバイ空港はゴージャスで、働いている人はフィリピン系か、中国系。客は全世界からやってくる。一般的に欧米系の人々はカフェやバーでくつろいでいるが、インド系の人々は、ソファに寝転がっている人が多い。
長時間待つ場合は、20ドル払えば、インターネットつなぎ放題、ビール、つまみ食べ放題の店があるので、そこを利用している。ドバイが中継点になって、アフリカやヨーロッパへ旅立っていく人々を見ていると、ここは「ハブ空港」だな、と感じる。うら寂しい関空から飛んだ先が、繁華街のようなドバイ空港だから、よりいっそう際立つ。関空は失敗だったな、と。
アンマンで数日過ごし、イラク情勢を探る。先日の自爆テロ犠牲者のインタビューを行うつもりだ。幸せの絶頂、結婚式が、一転して葬式になるのだから・・・。実行犯はイラク人だという。イラク人が外国で自爆テロを行うのは大変珍しい。イスラム原理主義者は、イラクでは少数だと思っていたが・・・。
さて明日から「アラビア語と英語の世界」が始まる。今のうちに日本の新聞や雑誌を読み漁っておこう。

先日、京都大学の本山教授を招いて、「戦争の民営化」について学習会を開いたのだが、そこで教授は「陰謀理論」について語られた。ウソは大きいほどだましやすい、と言う。世界を牛耳る権力者が大きなうそをつけば、これはほとんどの人々がだまされてしまう。例えば「人類初の月面着陸」。アポロ11号のアームストロング船長が月面でピョンピョンはねていた映像を、小学生だった当時、食い入るように見ていた。その後の万博で、「月の石」を見に行きたくてたまらなかった。月の重力が6分の1なので、走り高跳びをすれば数メートルは飛べる、などと級友らとしゃべっていたものだ。あれがウソかもしれないとは・・・。
宇宙飛行士の野口氏が帰還し、テレビインタビューで「これで人類は近い将来月にいけるかもしれない」と語ったそうだ。翌日の新聞ではその発言はカットされていたが、たしかに中継で流れた、と教授は言う。つまり宇宙飛行士の間では「人類はまだ月には行けない」というのが常識なのだろう。
言われてみればそうなのだ。どうやって月面に着陸したのか?時速数千キロ以上で飛ぶロケットを着陸させるためには、ものすごい逆噴射をしなければならないだろう。現在のスペースシャトルは、地球に帰ってくるときは飛行機となって滑走して着陸する。当時の技術で、どのように月面に降り立ったのであろうか。月には空気抵抗もないというのに。
月面に立てたアメリカ国旗が揺れているというのもおかしな話だ。空気がないから風は吹かない。もっともある番組で、「あれは国旗に細いポールが通っていて、ピンとはじかれたから、その反動でゆれている」としていたが、それもまた証明されていない。肝心のアポロ宇宙飛行士たちが、その後表舞台から姿を消しているのも、疑わしい。
そして9.11テロである。同時多発で4機の飛行機が激突・墜落したのであるが、そのうちの1機はペンタゴンに突っこんだとされる。「ボーイングを探せ」というビデオがあるが、それによると、ペンタゴンに開いた穴は、ボーイングの機体より小さいのである。さらに現場からはボーイングの機体はおろか、車輪、翼などは出てこないし、なにより乗客の遺体も出てこない。ペンタゴンの穴からは、パソコンが無傷で残っているのが見える。飛行機が突っこんだ穴に、なぜパソコンが燃えずに残っている?
ボーイングは大西洋に沈められたのではないか。そしてペンタゴンに小さな爆発を起こす。「テロリストはアメリカ本体を狙っている」と思わせるために。
そして「テロとの戦い」が始まった。ブッシュは「これは戦争だ」と言った。ウソは大きいほどだましやすい。かくしてネオコンたちは戦争に突き進んでいく。アフガンやイラクで罪なき多数の人が殺され、アメリカはイラク石油の利権と、中央アジアの天然ガスをインド洋まで引っ張る中継点となるアフガンを手に入れた。
私たちは「人がいい」ので、コロっとだまされているのかもしれない。事態を「逆から考えるクセ」を身に付けないといけない。この事件で誰が得をしたのか?という視点だ。
例えばイラクでテロリストが自爆を行って、今、スンニ派とシーア派の対立をあおるグループがいる。でも普通のスンニ派とシーア派は特段いがみ合っているわけではないし、対立せずに仲良く共存しようと思っている。そんなところに、例えばシーアのモスクに、スンニ派過激組織を名乗るテロリストが、自爆し、多数のシーア派を殺す、という事件が頻発している。これによって誰が得をするか?それはイスラエルだと思う。イラクという強力な国が、統一されて人々が共存して、戦後復興し、自力をつける、という展開はイスラエルにとっては好ましくない。むしろ、イラク人同士がいがみ合って、とういつせず弱小国でいてほしい。イラクとイスラエルは、互いにミサイルを打ち合った過去を持つ。
イスラエルには世界でもっとも優秀といわれる諜報機関、モサドがいる。モサドはイラクに入り込んでいるだろう。豊富な資金で、モサドが「自爆テロリスト」を育てているとは考えられないだろうか?
9.11テロの時、WTCビルにはユダヤ人は出勤していなかったそうだ。事前に、その日はWTCには行かないように、という情報が流れていたという。
アメリカ系メディアの流す情報を疑い出せばきりがないが、信じきってしまうのは危険だ。むしろ「疑ってかかり」ながら、検証していくことが必要だ。

3人が解放されたのは4月14日だった。当初10日に解放するといっていたのが4日もずれたわけだ。私は「小泉無責任発言」が、解放を4日遅らせたと思っている。解放後、3人のもとに外務省の職員がやってくる。郡山さんは「僕はモスクワ経由で帰ります」と言った。彼らは帰国便のチケットを持っていたのだ。
これは当然の話で、日本からイラクを目指す場合、当然直行便はないわけで、�ヨーロッパの主要都市〜アンマン、陸路バグダッド、�中東の主要都市〜アンマン、陸路バグダッド、が一般的だった。(今は、アンマン、空路バグダッドや、クエート、陸路バグダッドが多い)で、それぞれその「往復チケット」を持っているのが普通である。
「ダメだ。君たちは健康診断が必要だ。特別にチャーター便を立てるから、ドバイに飛んで病院に入りなさい」。政府職員はこう言って、3人はドバイの病院へ。この病院に警察がいて、「事情聴取」をされた結果、高遠さんらの心の傷が深まる。
日本政府は、その「特別チャーター便」代を請求した。イラクのテレビが「日本政府、人質たちに飛行機代を請求する模様」というニュースが流れた。通訳のワリード、ハリルたちは「お前の国は変わっているな。人質という被害者から金を取るのか?」と質問する。「そうみたいやね。イラクやヨルダンではどうなる?」
「国を挙げて人質を守ろうとする。金なんて絶対に請求しないよ」。との回答だった。
当時、フランス、イタリア、韓国、アメリカ・・・次々と外国人が拘束されていった。解放された人もいたし、残念ながら殺害されてしまった人もいた。裏の話では「あそこの国は多額の身代金を払ったようだ」などの噂も流れていた。でも「人質に金を請求」したのは、日本くらいではなかっただろうか?
最後に私自身の「自己責任」である。これほどイラクの治安を悪化させた人々、つまりブッシュやブレア、小泉首相の自己責任が一番追及されるべきであることはいうまでもないが、確かに私には「自己責任」がある。しかしそれは私自身に対してであって、私の家族に対してではない。仮に拘束されでもしたら、家族のもとにメディアが張り付き、政府は「またやりやがった」というような対応で、「救出」にあたるだろう。メディアの洪水のような「取材」も、政府との「対応」も、それら批判の対象は、「私自身」に対して向けられるべきであると思うが、実際には、私と私につながる人々、にも及んでしまうだろう。
高校野球で、その学校の誰かが喫煙していたら、野球チームごと「出場停止」になるような国である。日本は「組織」として処罰を考える国で、肝心の「個人」が見えてこない。「自己責任」であるから、きっちりと
「個人的」に責任を追及せよ、といいたい。渡航するのは「個人」であって「家族」ではない。
イラクに行こうとするたびに、このようなことを考えながら行かないとダメな国になった。なんとも窮屈な国である。

4月8日、通訳ワリードが私の部屋に飛び込んできた。「大変だ、日本人が誘拐されたぞ」。ファルージャを通過する際に、武装勢力に拘束され、「3日以内の自衛隊撤退」を要求しているという。とたんに私の衛星携帯電話が鳴り出した。「OO新聞ですが・・・」「××テレビの・・・」 メディアが聞きたがったのは、「バグダッド市民はどのような反応か?」「そちらは危険なのか?」「どのようにして帰国するつもりなのか?」などであった。朝日、毎日、大阪日日などは、自衛隊のことについても質問していた。
ワリードとバグダッドの町へ繰り出し、緊急市民インタビューを行った。大きなビデオカメラを向けてインタビューしていると、「ナンダナンダ」と大勢の人々が集まってくるので、一回のインタビューで、数人に聞く事ができて効率的だった。多くの人々が「3人を誘拐するべきでない。彼らは軍隊ではない」という反応だった。あの時点で、概ね人々は「好意的」だったが、中には「自衛隊を派兵するからだ。日本は敵になったのだ」とまくし立てるおじさんもいた。
その夜、ホテルのロビーでワリード、ハリルらとテレビを見ていた。3人が目隠しをされて、「ノーコイズミ」と叫んでいるシーンが流れた後、日本人のデモ行進が流された。「自衛隊を撤退させよ」「3人の命を救え」という、自然発生的なデモ行進だった。中にはブッシュの面をつけたおじさんが、犬を連れていて、その犬に小泉首相の面をつけさせていた。これはイラク人にも大うけだった。
「こんなにたくさんの人がイラク戦争に反対してくれているじゃないか。日本人を見直したぞ」と私に語りかけてくれる人もいた。そして3日があっという間に過ぎ去った。
「解放するらしいぞ」。ホテルのロビーでテレビを見ていたワリードが教えてくれた。やった!良かった・・・正直安堵した。武装勢力側の「声明文」によれば、「多くの日本人が自衛隊撤退を求めてデモをしてくれた。その日本人たちに免じて解放する」となっている。
テレビに小泉首相が現れた。緊急記者会見だ。「解放してくれて感謝する」などと言うのかと思っていたら、「彼らはテロリストだ。日本はテロには屈しない。自衛隊は撤退させない」と言い切った。アラビア語に変換された小泉首相のコメントを、ワリードが英訳してくれる。訳してからワリードは激怒した。
「こいつは馬鹿か!テロリストなどと言えば、彼らレジスタンスは怒ってしまうよ。もしかしたら解放されないかもしれない」。現地では誘拐した側、つまりファルージャの「武装勢力」のことを、誰もテロリストとは呼んでいなかった。通常彼らは「レジスタンス」と呼ばれていた。あるいは「ゲリラ」だ。テロリストはアルカイダなどの犯罪者集団を指す。ファルージャの人々は、大虐殺に抗議して立ち上がった人々であるから、当然、レジスタンスと呼称されなければならない。
それを一国の首相が解放声明が出たその日の朝に、「テロリスト」と決めつけ、「自衛隊は撤退させない」と言い切ったのだ。身柄はまだレジスタンス側にあるのに・・・。
事態はワリードの予想通りとなった。3人の身柄は解放されず延期された。彼らが解放されたのは4月14日、4日もずれたのは、小泉首相の「無責任発言」があったからだと思う。3人の自己責任を追及したマスメディアは、小泉首相の自己責任は追及しなかった。

今週末からアンマンに行き、可能ならばイラク入国を考えている私にとっては、「自己責任」の検証は避けて通れない課題である。
私は昨年4月3日にアンマンに到着し、通訳のハリルの家で一泊。寝た瞬間、つまり4日の未明、ハリルにたたき起こされた。アル・アラビアテレビを見ると、アメリカとサドルシティーのムクタダ・サドルの軍隊が銃撃戦を始めている。その時点で「米兵が7人死亡」と出ていた。「ニシ、やばい事態になった。今すぐ出発しなければ国境が封鎖されるかもしれない」というハリルの意見。慌てて身支度し、ハリルの妻にサンドイッチを作ってもらい、すぐに出発したことが昨日のことのように思い出される。
ハリルは夜の国道を150キロ以上で素っ飛ばし、イラク・ヨルダン国境に到着したのが朝6時。国境は長蛇の列だった。日本からの医療器具を車に積んでいて、ハリルは「人道支援だ、緊急支援だ」と主張し、長蛇の列をごぼう抜き、わずか1時間で国境を越え、またしても国道(アリババ街道と呼ばれている)を素っ飛ばすこと数時間。砂漠の中からユーフラテス川が現れ、ファルージャに到着した。
国道を米軍戦車が封鎖している。戦車の横には後ろ手に縄でくくられたイラク人が3人。「捕まったな、あいつらはアブグレイブ刑務所行きだ」とハリル。ファルージャの「抵抗市民」だった。
国道が封鎖されているので、回り道をたどりながらバグダッドを目指す。道路沿いにガソリンスタンド。
私たち2人は国境で給油し、一目散にバグダッドを目指したのだが、その3日後、高遠さんたちは、このガソリンスタンドに立ち寄ったことで、悲劇に巻き込まれる。
「紙一重の差」なのだ、私とあの3人は。もし私が「人質第一号」だったとしよう。私の場合は、当時「地方公務員」である。家族や実家のもとにマスコミが張り付き、「無謀だ」「税金ドロボー」「こいつは共産党だ」「公務員がなんでイラクに行くのだ」などの悪罵が投げつけられていただろうし、当時中学3年生の娘などは、学校に行けたかどうか・・・。
あの時マスコミは、高遠さんが高校時代喫煙していたことを報じた。郡山さんは離婚していた、今井君は両親が共産党員だ、など面白おかしく報じながら、いかにこの3人が「ダメなヤツ」かということを政府と一体となって攻撃していたのだ。
私など、もっとも「攻撃の対象に格好の材料」ではないか。大阪市ではないけれど、厚遇されて、ロクに働かず、休暇をとって、(税金で)イラクにいった無謀なヤツ・・・。
高遠さんが、イラクのストリートチルドレンを支援してきたことや、今井君が劣化ウラン弾の被害の実態を調べに来たこと、郡山さんが戦場の子どもたちの実体を伝えるフリージャーナリストであること、そういった「事実」はかき消され、「迷惑なんだよな」という洪水のような報道の中で、彼らは好奇の目にさらされ続けた。小泉政権のメディア支配によって、「悪罵を投げつけられ続けた」3人に対して、アメリカのパウエル国務長官(当時)が、「日本にも勇敢な若者がいる」という発言がなければ、この日本のメディアは、水に落ちた犬をさらに痛めつけるように、「自己責任論」を続けていただろう。
そもそも「自己責任」って何だ?イラクに入国しようとする私にも自己責任は当然ある。捕まって高額な身代金を要求され、それが政府によって支払われたとするなら、それは「迷惑をかけた」ことになるだろう。
しかし、人には「旅行の自由」「取材の自由」「表現の自由」がある。戦争被害の実態を伝える人がいなかったら、イラク戦争の悲惨さを伝えるジャーナリストが、現地に入らなかったら、自衛隊の派兵が良かったのか、悪かったのか、検証できないではないか。
高遠さんらが拘束されたとき、米軍はファルージャで700人もの人々を虐殺していた。この「700人を虐殺した」というニュースが、日本のメディアでどれほど報道されていただろうか?3人の自己責任の報道時間を10とすると、「ブッシュが700人を殺した」と伝えた報道時間は、おそらく1もなかったのではないか。
700人を殺した責任者、ブッシュと、「危険なところに行って捕まった無謀なヤツら」との自己責任の比較は行われたであろうか?殺人という一番重い罪を、なぜメディアは追求しなかったのか?
「自己責任」を語るとき、どうしても熱くなる。明日は「自己責任2」で、肝心の小泉首相の「自己責任」を追及したい。

私はイラクの子どもを救う会の活動をしているが、もう一つ、「梅田貨物駅の吹田への移転反対」という住民運動にも足を突っ込んでいる。これは梅田・ヨドバシカメラの横に広がる梅田北ヤードが、売却され、結果として貨物駅とトラックターミナルが吹田へやってくるという計画で、「そんな公害はいらん」と、地元で住民運動を繰り広げているのである。
そもそも梅田貨物駅は大変便利な場所にあって、十分にその機能を果たしているところである。貨物輸送のほうが環境には優しく、便利な梅田にあるからこそ、需要も高いわけで、不便な吹田と、百済(東住吉区)に分散させれば、おそらく貨物はさらに廃れ、今よりさらにトラック輸送にシフトするのではないか。
もともと、梅田を売却する、というのはバブル期に出てきた発想で、当時の地価は2兆円と噂された。それが今や800億円。25分の1の値段に暴落している。
あらためてバブル期の異常さ、がわかるというものだ。大阪駅の再開発であるから、本来は大阪市が音頭を取って、街づくり計画を進めるべきだと思う。しかしご承知のように、大阪市はATC,WTC,大阪ドーム、夢州、舞州などに莫大な税金を突っ込んできたため、「鼻血も出ない」状態。結局は民間に買い取ってもらうしかないのであるが、この不況で、買い取る企業が現れない。しかし財界はあの土地を開発して儲けたい・・・。そんなことで、梅田北ヤードの再開発は、現在の大阪市長選挙の争点のひとつに上げられているのだ。
そこで提案だが「梅田貨物駅はそのままにして、人工地盤で低いビルを建てるところ、緑の回廊にするところ、鉄道博物館などにすればいいのではないか」 北ヤードを高層ビルだらけにすると、おそらく周辺のビルは空き部屋だらけになるだろう。阪急や阪神の百貨店競争にも「負け組」が出てきそうだ。なぜなら「開発してもパイは大きくならない」からだ。
これから日本は人口縮小期を迎える。今あるものを有効に使えばいい。なんで機嫌よく働いている貨物駅をわざわざ移転させるのか。莫大な工事費をかけて。
あちこちで「古くなった」ビルが取り壊され、高層マンションが建っているが、資源の無駄ではないか。バリアフリーにすることは賛成だ。ならば、エレベーターを増設する、段差をなくす、だけで十分ではないか。なぜ取り壊して高層に?
そんなもろもろの事を問い直すために、私たちは「梅田貨物駅の吹田への移転の是非を問う」住民投票を始める事にした。今月から来年2月まで受任者(署名を集める人)を募集し、数万筆の署名を添えて、吹田市議会に提出する予定だ。
憲法改悪の準備や自衛隊の派兵延長が政府だけ、国会議員だけで進められていく。それと同じように、この貨物駅移転、も一部議員と首長、JR幹部だけで進められようとしている。「大事なことは自分たちで決めたい」という住民投票。これからも折を見て、現状を報告していきたい。

アンマンのホテルで同時自爆テロが起こり、多くの人が亡くなった。私は19日からそのアンマンにいく。一昨日、通訳のハリルに電話したら、「無事だ。町は平穏を保っている」とのこと。私はあのような高級ホテルには泊まらないので、もし今週からアンマン入りしていても、おそらく巻き添えにはならなかっただろうと思うが、それでも危険度が増している事は容易に想像できる。「アメリカ寄り」といわれるヨルダンであるが、西にイスラエル、東に(フセイン時代の)イラク、北はシリア(ここもバース党)に囲まれて、石油も出ないヨルダンにとっては「外交」で生き延びるしか手段はなかったのだと感じる。
実際、ヨルダンでは、パレスティナ問題をめぐって、内戦が生じた経験もあり、「戦争に巻き込まれない」知恵、のようなものがいやがおうにも発達していたと思う。
だから政府はアメリカ寄りだが、国民は違う。私がであった人の中では、パレスティナ、イラクにシンパシーを感じている人が圧倒的である。
東南アジアやアフリカなどと比べて、アラブは「実力がある」と感じる。国民生活はそれほど貧しくないし、教育水準も高い。社会的インフラも整っている。テロにあったホテルなどは、日本のそれと変わらない豪華さを誇る。
そんな「平和で繁栄した」アンマンが狙われた事に、ある種の危険性を感じる。同じアラブの国を「イスラム原理主義者」が狙うという構図。イギリスやアメリカの「帝国主義軍隊」ではなく、同じ言葉をしゃべる同じ民族が、同じ「労働者階級」を大量に殺害する。明らかに9.11テロ直後と、状況が変化してきている。
ブッシュの言う「テロとの戦い」がいかに、偽善に満ちたもので、「戦争の口実」に過ぎなかったが、イラク占領の失敗で、証明された。この「テロとの戦い」で、アラブにプレッシャーを加え続けていることが、ますます「自爆テロリスト」を養成する。アメリカは、むしろ「イラク占領を失敗させ」て、アラブを不安定な状態に追い込む政策を取っているようにさえ、感じてしまう。
その「遠大な謀略」にテロリストが乗っかっている、こう考える事はできないだろうか?
サウジが「民主化」されると困るのはアメリカである。膨大な石油利権で、アメリカ共和党政権とサウジ王家は癒着している。クエートもアメリカ・イギリスの支えなくしては、成り立たない国だろう。イラクやシリアを「悪の枢軸」と非難して、叩く。そしてその混乱状態を長引かせる。
米軍なしには安定しない、という「既成事実」が醸成される・・・。
アンマンで、実際に聞き取り調査をしてみようと思う。「普通の」アラブ人が、今、何を感じているかを。

昨日、10日は神戸拘置所へいった。名誉毀損で勾留中の鹿砦社社長、松岡さんの「接見」で拘置所を訪れたわけだ。六甲山のトンネルを三ノ宮側からくぐると、「しあわせの村」という看板が出てくるが、その「しあわせの村」近辺に、神戸拘置所がある。なんとも皮肉なロケーションだ。大阪拘置所は都島の便利なところにあるが、神戸は山の中で、面会に行くにも車がなければ一日仕事だ。
受付で、住所、名前、続柄などを記入し、待合所で待つ。
差し入れ口があり、売店でお菓子やカップヌードル、みかん、パンツの紐まで売っている。松岡氏は糖尿病の疑いがあり、ドクターストップがかかっているので、お菓子は買えない。UCCカップコーヒーなら4カップまでOKとのことで、コーヒーを差し入れする。
待つこと20分、接見室で松岡さんと接見。
ここでなぜ、松岡氏が「名誉毀損」で拘留されたか、について、「うずみ火」に書いた原稿を、ここに引用する。
2005年7月12日、神戸地検が「名誉毀損」容疑で、とある出版者の社長を逮捕した。
逮捕されたのは鹿砦社の松岡利康社長。阪神タイガース球団職員と、パチスロメーカー「アルゼ」の取締役の名誉を傷つけた、という容疑だ。確かに鹿砦社の松岡氏といえば、「宝塚追っかけマップ」や「紙の爆弾」などで有名人のスキャンダルを暴いてきた人物ではある。民事裁判で名誉毀損が認められ、高額の賠償金を出版社が支払う、というのはよくある話だ。しかし「名誉毀損だけ」で刑事告発し、身柄ごと拘留するとは…。松岡氏の拘留はなんと90日を越え、10月17日、神戸地裁で初公判が行われた。

「私への逮捕拘留は憲法21条で認められた言論の自由の弾圧であります。私の逮捕、長期間の拘留によって、鹿砦社は倒産してしまいました。もし裁判所が憲法の番人であるならば、ぜひ公正に審査していただきたい。もし裁判所が人権の砦なら、私を即刻釈放すべきだと、判断していただきたい。何のための逮捕、そして長期拘留なのか。この逮捕は私への見せしめ、嫌がらせとしか考えられない。私は今、鉄の鎖につながれているが、失うものはもう鉄鎖しかない。本件起訴の不当性を訴えて、血の一滴、涙の一滴が枯れるまで闘いたい」。神戸地裁101号法廷に「被告人」松岡氏の訴えが響く。羽織ったジャンパーの背中には「大逆転」の3文字。傍聴席から「がんばれ!松岡!」の野次が飛ぶ。
検事が罪状を読み上げる。…被告人松岡は、自身の発行する雑誌において、アルゼのO取締役が愛人を囲っていた、O取締役はセクハラを繰り返していた、などのプライバシーを、不特定多数の人間に知らしめ…。ちょっと待った!年商数十億の巨大パチスロメーカー、アルゼの代表取締役であるなら、半ば「公人」である。その人物のスキャンダルが事実無根というのなら、民事で争うべきであるし、なぜ検察がノコノコと出てきて、身柄ごとしょっ引いていくのだ?松岡氏の言うように「警察キャリア出身の元参議院議員を社長にいただき、元検事を顧問弁護士とする社会的犯罪企業アルゼ」の意向が働いたのではないのか。
総選挙の自民党圧勝を受けて、憲法改悪、共謀罪などが審議されている。松岡氏のスキャンダル暴露路線に異論のある方は多いだろう。しかし、「名誉毀損」で3ヶ月以上も拘置し、ひいては彼の会社を倒産に追い込むというのは、「言論弾圧」に他ならないと思う。「うずみ火」も反戦反差別を貫く新聞である。つまり権力者とは対峙する場面が多々出てくる事だろう。この裁判で負けてしまうと、「明日はわが身」である。

以上が、「うずみ火」に書いた内容であるが、その後も松岡さんは保釈されず、拘留され続け、下手すれば正月も拘置所で迎えることになる。
「独房で5ヶ月を過ごしました。外へ出るのは1週間に3日。散歩というよりは『日向ぼっこ』やね(笑)。シャバに出たら、闘うよ。鹿砦社はつぶれてしまったけれど、倉庫があるので、そこを事務所にしてペンで権力と闘いたい。12月19日の公判が終わって保釈されなければ、越年やね。手紙も一日に2通しかかけない。接見も一日に2回だけ。今日はよく来てくれたね」と松岡さん。そんな話をしているうちに、看守が「10分が過ぎました」。接見終了である。
小泉自民党の圧勝を受け、今、憲法が改悪されようとしている。9条が改悪される事は何としても阻止しなければならないが、同時に怖いのは、思想信条の自由、集会結社の自由、検閲の禁止、などの条項が、変えられようとしていることではないか。
百歩譲って、松岡さんの名誉毀損が有罪で、(名誉毀損された)当事者にとっては耐えられなかった、松岡さんが、非常に不快な思いを、当事者に与えてしまったとしよう。でも、それは「民事で」争うべきことだろう。なぜ身柄を5ヶ月も勾留するのか。これは人権問題ではないのか。
国家権力・・・。拘置所を訪れて、この国家権力の恐ろしさを垣間見た。マスメディアは松岡さんの事件をあまり報道していない。松岡さんが捕まって、次に、門真市会議員の戸田議員が家宅捜査を受けた。
戸田議員の件については、まだ私は詳細を把握していない。がしかし、彼はイラク戦争反対、9条守れで、目立った議員だった。政治資金規正法違反とのことなので、松岡氏とは若干違うかもしれないが、何か、目に見えない恐ろしさ、を感じる。

昨日、障害者自立支援法の取材で、吹田市内にある「工房ヒューマン日の出作業所」を訪れた。19人の中途障害者が働く場である。脳卒中や交通事故で倒れ、半身麻痺、不随になった方々、難病で障害者になられた方などが、社会復帰する場として、昨年10月にオープンしたばかり。
ここでの事業は、弁当配送とクロネコメール便。近所の事業所から弁当の注文をとり、それを配送している部門と、クロネコから仕事をもらって、メール便を配達する部門の2つ。クロネコの経営者が、障害者作業所の活動に理解を示し、仕事をシェアしている。見直したぞ、クロネコ。
彼ら「労働者」の日当は、弁当部門で600円。メール便部門で500円。自分たちで作ったお昼の弁当を400円で買って食べるから、差し引き、200円または100円の「収入」。月に20日働くとして、月給は千円ないし「よく稼いでも」2千円。
現在の制度では、彼ら19人に「施設使用料」は発生しない。麻痺の残った身体で、一生懸命ニンジンを切ったり、ご飯をつめたり、そんな「労働」を楽しそうにこなしている。「ここでの生活が楽しい」とおじさんの笑顔が印象的だ。
今国会で成立予定の「障害者自立支援法」は、そんな彼らに、「施設利用料」を支払えと要求する。詳細は未定だが、工房ヒューマンの場合、その額約6000円。エッ、これでは5千円の持ち出しだ。
19人の通所者のほとんどが「家族の扶養」で、中には年老いた両親の負担が限界に来ている人もいる。親は高齢介護が必要で、子どもは障害者、という家庭になりつつあるのだ。
そんな人々からも容赦なく利用料を徴収する。「応益負担」という名目で。これでは「障害者『阻害』支援法」である。小泉首相の言う「改革」「痛みの分担」がこれである。
この法律が実施されると、確実に、このような施設に来れなくなる人々が増える。そうすると家にこもって寝たきりになる。精神的にも参ってしまい、病気が進行するかもしれないし、なにより、外へ出なければ精神的に参ってしまう。
「負け組」が殺されようとしている。

今日は吹田市立千里丘中学校で、イラクの話をさせてもらった。全校生徒が体育館に集まり、5時間目の「平和学習」、ゲストティーチャーというわけだ。これからの世代、下手をすればアメリカの戦争に、実際に兵士として巻き込まれる可能性のある世代なので、いつも気合を入れて、話をさせてもらっている。といっても気合が空回りしてもダメなので、映像を中心に、落ち着いて45分の授業を勤め上げねばならない。
私のDVDを上映して、劣化ウラン弾の子どもの様子を見せると、真剣に見入っている。その後、ファルージャの空爆の様子、被害者の様子を見せる。事前に先生から「あまり過激な映像はセーブしてほしいのです」と言われているので、「砂漠に捨てられた米兵の遺体」はパスした。実際、気分が悪くなる子がいるらしい。
中学時代は、程度の差こそあれ、純粋ストレートなハートを持っている時期だから、「罪なき子どもたちが殺されていく」という事実にショックを受けた様子だった。ここで「憲法9条は…」とか「自衛隊がこの戦争に協力している・・・」などと訴えたいところなのだが、あえて控えることにしている。
「なぜこのような戦争になったか、君たち自身で考えてほしい」と提案する。「なぜテレビがこれを放送しないのか」についても。
家庭で「イラクやアフガン戦争について」とか「沖縄の辺野古基地はどうなるのだろうか」など、語り合っている家族は少ないだろう。家庭だけではなく、職場でもそのような話題をすれば「浮く」可能性が大なので控えているのが、日本の一般的な姿ではないか?
学校で、このような話題をテーマに、先生と生徒が一緒に考える機会が増えれば、断然いいのではないか。千里丘中学では、沖縄への修学旅行の前に、クラスで「平和壁新聞」を作成していた。ヒロシマや沖縄戦のことを子どもたちなりに調べてまとめていた。先生たちが奮闘されたのだと思う。
「新しい教科書」が採用されたり、「心のノート」で愛国心の涵養が押し付けられたり、という暗いニュース
があふれがちであるが、教育現場の努力は捨てたものではない。
ゲストとして呼んでいただいた、中学校の先生たちと最後まで真剣に聞いてくれた生徒たちに感謝感謝。
後日感想文が送られてくるとのことで、これこそが学校での講演の、私の大いなる楽しみの一つである。

嬉しいことに、各地で「9条の会」が結成され、その会合に呼ばれる事が良くある。イラク戦争の現状を映像で見てもらうとともに、最近は「戦争の民営化」について語ることにしている。イラクの米軍は14万人とも13万人ともいわれているが、次に大きな部隊は、2万人の傭兵たち である。傭兵たちを雇っている企業はPMCと呼ばれる。プライベート、ミリタリー、カンパニー。つまり「民間軍事会社」である。斉藤さんがイラクで殺害されたが、彼は「ハートセキュリティー」というPMCの「社員」だった。日本のメディアは「民間警備会社」と「誤訳」したので、斉藤さんが、セコムの親玉、のような企業に雇われた、警備員のように感じた人も多かっただろうが、彼は「傭兵」である。
傭兵たちは、例えば南アフリカ出身者が多いという。アパルトヘイト時代、黒人を弾圧する側にいた軍隊が、アパルトヘイトの終焉とともに、解雇。職を失った「元軍人」たちが、例えば「アンゴラ内戦」や「シエラレオネ内戦」を請け負っていったのだ。それはボスニアやコソボに飛び火し、そしてイラクが主戦場になった。なにより日当がすごい。1日5万とも10万ともいわれる金額で、「これはイラクで稼がないと」という状態だろう。
PMCには親会社がいて、例えば「カーライルグループ」はビンネルというPMCを従えている。この「カーライルグループ」の役員は父ブッシュである。つまり、子ブッシュが戦争を起こす⇒戦争が民営化される⇒父ブッシュが大もうけする、という図式である。この「カーライルグループ」にはサウジアラビアの大富豪も出資している。その名はビンラディン。つまり9・11テロの前から、ブッシュ一族とビンラディン一族は「同じ穴のムジナ」なのだ。
ついでに言うと、オサマ・ビンラディンとの義兄弟に、ビンマフフーズという人物がいる。この人物は、パキスタンの「プライム・コマーシャル銀行」の筆頭株主で、この銀行に出資しているのが、やはりカーライルの父ブッシュである。父ブッシュは「テロリスト・オサマ」の義兄弟と、ずっと取引していた事になる。
「えっ?どないなってんのや」といいたい人が多いだろう。そのあたりのことをパワーポイントにまとめたので、見たい方は私へメールをください。
1999年にコソボへ行った時、イギリス軍の制服を着ている兵士がいたので、インタビューしようと思い近づいていったら、どうもアジア系の顔をしている。あなたはどこから来たのですか?とたずねると、「ネパールから」。彼らは「グルカ兵」で、もっとも危険な場所で、例えば「不発弾の処理」などをやらされていた。
これはイギリスにとっては都合のいい話だ。NATO軍の一員として、最前線で奮闘している、という建前もクリアできるし、万一兵士が死んでも、その兵士はネパール人だ。ロンドンで「そんな危険なコソボに派兵するな」などという反戦世論も起きにくい。戦争の民営化、は支配者側から見れば都合の良い事ばかり。
戦争とは「国と国とがするもの」という常識。今やそれが「テロとの戦い」で覆されている。加えて「戦争とは兵士が行うもの」という常識も、もはや通用しない。「企業」が戦争を行う時代。戦争がビジネスになる時代だ。イラク戦争についていえば、�石油で大もうけ、�民間軍事会社で大もうけ、�復興ビジネスで大もうけ、�戦費は米国債を、日本や中国に買わせて、調達。といったところではないだろうか。

私は元黒田ジャーナルの仲間とともに「うずみ火」という新聞を発行しているが、その中で先の総選挙でテレビはどのような役割を果たしたか、について検証した。具体的には新聞のテレビ欄をざっとチェックして、報道の傾向を探ったわけだ。意外な事にテレビ欄には「刺客」や「ホリエモン」、「料理研究家」などの文字はなかった。これらは番組の中で映像とともに「言葉で」語られていたのだろう。調べたのは、毎日の「ちちんぷいぷい」や朝日の「ムーヴ」、関西の「2時ワクッ」、読売の「ザ・ワイド」、NHKの「関西ニュース一番」である。これらは関西発で、昼間の時間帯を占めている番組。以下、選挙中、つまり8月30日から9月9日までの報道について「うずみ火」で書いた内容を記す。

まず「みなさまの」NHK、関西ニュース一番であるが、これは夕方5時からの番組。公示後、「激戦区」ということで注目選挙区を紹介しているが、9月に入ってからは「阪神もの」の方が多いくらい。「激戦区」を紹介したところで、OOさんは自転車に乗って訴える、とか「刺客」の××さんは知名度を上げるのに精一杯、などの報道であろう。憲法の「け」の字も出ない番組に終始したのではないか。
続いて毎日放送、ちちんぷいぷい。ここは「どうするのかイラクの自衛隊」「年金の元締め、社会保険庁の改革どうするの?」「沖縄米軍基地の実態」など、それなりにがんばっている。ただ9月8、9日と投票日が近づくにつれ、「お風呂ネタ」や「芸能ネタ」になり、一番肝心な時期に「人畜無害」の報道になってしまったのが残念である。
次に朝日放送、ムーヴ。ここも選挙を正面から取り上げようという姿勢が見える。「マニュフェストどこでもらえるの?」や「自衛隊どうする?サマワは今」、「今一度国の借金を検証する」など、選挙の争点をあぶりだそうとしている。ただ、やはり投票日が近づく9月7日以降、「期日前投票大人気」や「投票は権利?義務?」など、一般的な「選挙に行きましょう」といういわゆる「選管報道」になってしまったようだ。残念。
関西テレビ、2時ワクッはどうか?選挙最終盤で「年金問題をどう見る?」9月1日にも「増税はあるの?」など、大阪人らしくマネーに絞った報道をしたが、それ以外は芸能ネタ。「矢田&押尾」など、私など顔も知らない芸能人ネタがトップを飾る。「堅い」政治の話題では視聴率を稼げないからだろうか…。
最後に読売テレビ、ザ・ワイド。選挙戦前半「サラリーマン増税、家計に打撃?各党政策は?」や「どうなる年金改革」、「消費税問題」など、やはりお金に関する特集を組んでいる。しかし投票日が近づくにつれ、台風14号関連ニュース、22歳OL殺害事件などに変化する。しかし大詰め9月9日には「争点�治安。わが身を守る方法」。10回も続けたのであるから他にもいろいろ議論はしたのであろうが、なぜ最終日に「治安・わが身を守る方法」なのだろう?「テロの不安」などを語る場合、その背景にあるものをきちんと考察せねばならない。例えばイラク戦争でアメリカがどうのような空爆をしているのか、罪なき人々をどれほど殺害したのか、そもそもアルカイダはアメリカが育てたのではなかったのか、などをきちんと検証した上で、「治安」が語られたのだろうか?自民党は「共謀罪」を制定しようとしている。これは現代の治安維持法であるが、その口実は「治安」である。得体の知れない不安をあおって、結局は権力者の思うとおりに世論が導かれていく、というのが関東大震災はじめ、歴史の教訓であるのだが。

以上、記したように、傾向としては「投票日が近づくにつれ、選挙を正面にすえた報道ではなくなっている」ということと、「憲法問題には最後まで触れずじまい」ということだ。今、9条改悪が叫ばれているが、選挙後はこうなっていく事は最初から分かっていた。自衛隊をどうするのか?5兆円もの税金を防衛費に突っこんでいいのか、この辺は、テレビの世界では「タブー」なのか?それとも「そんな堅い話では視聴率は稼げない」と感じているのか?スポンサーが怖いのか?

昨日、憲法を活かす吹田の会が主催する辻本清美の講演会に出席。大阪10区で出馬し、2位、社民党で復活当選を果たした彼女のことを知らない人はあまりいないだろう。
彼女は今、憲法調査特別委員会のメンバーで毎週木曜日に委員会が開かれるそうだ。国会の議席数に比例して委員会のメンバーが構成されるわけだが、48対2だという。自民、民主、公明のメンバーは若干の差こそあれ、全て「改憲派」で、社民と共産の「護憲派」はたったの2人。今の9条2項を取っ払って、自衛軍を創設する、自衛軍は法律の定めるところにより国際的に協調して行われる活動、緊急事態に(中略)活動する事ができる、などの自民党草案を議論しているのであるが、「おいおい、自衛軍が活動するって、戦争に行くということやないか!」などと突っこむ議員は、たったの2人だということだ。
サンデープロジェクトに出演し、CM中に自民党議員が民主党議員に「で、あんたのところはどのへんまで妥協できる?」「う〜ん、どのへんかなぁ・・・」なんていう会話をしていると言うから、「だめだこりゃ」状態。
イラクを訪問して感じるのは、「自衛隊は9条に守られている」ということ。9条の縛りがあるから、実際の軍事作戦に参加せず、結果としてロケット弾や仕掛け爆弾の犠牲になっていない。1人でも誰かが死ぬと日本は蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうが、そうなる前に撤退すべきだ。大騒ぎすると、「これは効果がある」とさらに狙われるだろうし、自衛隊もイラク人を殺戮していく。こうなれば米軍、イギリス軍と同じ轍を踏むことになり、報復の悪循環である。
本日サマワからメールが届いたが、現地では大規模なデモが起こっているようだ。民衆の怒りは州政府に向けられているようだが、いつ自衛隊に向くとも限らない。来月の撤退期限で撤退させないとヤバイのではないか。私もそんなサマワに入れるか、慎重に判断しなければならない。

本日から私もブログを始めます。できるだけ「日記」にしたいと思います。みなさん、よろしく。

さて記念すべき最初の話題は、やはり「イラク」で始めます。

私はイラク行きを目指して今月19日にヨルダンアンマンまで飛ぶのですが、いまだにイラクビザは下りません。先日東京のイラク大使館へ行き、ビザ申請をしましたが1ヶ月たつもまったく反応ナシ。だいたい、ビザ申請は本人が東京まで行かねばならない、なんて聞いたことないし、大阪、いや北海道や九州に住んでいる人からすれば、それだけで往復数万円の支出です。

で、なくなく新幹線のチケットを買い求め、東京青山にあるイラク大使館へ出向いたわけです。領事は日本語が少しできる30〜40代のイラク人で(名前忘れた)、私がイラクへ援助物資を持っていく、と言えば、「がんばってくれ」と握手まで。「だからビザを」と言うと、「外務省から止められている」と。案の定、翌日「外務省邦人保護係」から電話がかかって来る始末。担当官は昨年も電話をかけてきた人で、「西谷さん、危ないですよ。分かってますよね」。彼の仕事は私のようなものに「釘を刺すこと」なので、「ええ、わかってますよ」と応えておいたが、これは絶対にビザは出ないな、と確信した次第。外務省とすれば「止めましたよ」という「儀式」なのでしょう。もし私が拘束されたら「国の制止を無視して入国した無謀なヤツ」というレッテルを貼られることになります。

で、今回はまずヨルダンへ行って、イラクから逃げてきた人々にインタビューを試み、そのような日常を送る中で判断するつもり。ファルージャからの難民たちにこの冬を越せるような物資を送りたいのですが、米軍が邪魔をするので、届くかどうか。届いても写真撮影は厳禁でしょうから、その実態を知る事ができるか、とにかく現地に近いところで過ごそうと思っています。

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