nishitani: 2009年4月アーカイブ

3月15日に帰国して、早2週間以上が経過した。この間バタバタと過ごし、このブログを更新してこなかった。いつもの「悪いくせ」が出て、飲み歩いてしまったのだ。
さてそろそろ「今回のイラク取材の総括」をしなければならない。以下、思い出すままに振り返ってみたい。

① まず、サマワに入れなかったという点である。不思議なことに、サマワ警察だけが「特別許可証がないと街には入れない」と主張する。想像するに、自衛隊がサマワへ派兵された頃(2004年から06年)、メディアと防衛省の間で「取材規定」なるものが交わされた。
その時に、私のようなフリーはサマワを取材するのが難しかった。「自衛隊の通訳イラク人が殺された」という噂があり、そうしたことを確かめるためにサマワで取材を続けたイラク人ジャーナリストが、なぜかサマワ警察に捕まり、3日間拘留されたのも05年のことだった。
サマワ警察は、あの頃の「厳戒的取材規制」のしきたりを、まだ変えていないのかもしれない。サマワに入れなかったのは残念だ。08年3月にペニスのない子ども(尿道奇形)とアンマンで出会った。彼はサマワ出身だった。サマワで何が起こっているのか、私の代わりにどなたか、調べてほしいものだ。

② バグダッドはじめイラク各地に10日以上潜入できたことは収穫だった。半年前バグダッドに入ったときは、車の中からの撮影、そして1泊しかできなかった。「危険だ」と街中の取材は許可されず、実際に私の宿泊中に自爆攻撃が2回起こった。しかし今回はかつての激戦地であるサドルシティーとアーダーミーヤ地区に入ることができた。治安は最悪の時期を脱し、ゆるやかながら回復に向っていることを実感した。
先の選挙結果は1位マリキ首相のグループ、2位ハキームというイラン系のシーア派グループ、3位反米強硬派のモクタダ・サダル師のグループだった。実は私は「サドル師が勝つのでは」と考えていた。イラク人は米軍の占領を忌み嫌っているし、その米軍に対して最も強行に闘うのがサドル師だからである。しかしサドル師は3位に沈んだ。バグダッドに潜入して、なんとなく理解できた。人々は「米軍は撤退せよ」という勇ましい建前よりも、「もうビクビクと暮らすのはコリゴリ」という生活実感の方を選択したのだ。
イランべったりのハキームでは、政情が安定しない。ましてやモクタダ・サダル師が勝利すれば、米軍がそれを許さず、イラクは内戦に逆戻りしてしまう…。マリキはアメリカが作った傀儡政権だ。そんなことはイラク人なら周知の事実。でも治安を安定させるにはマリキしかいなかった。そんな「消去法」でマリキが選ばれたように思う。
1日に電気が2時間しか来ない、きれいな水は出ない、マリキの閣僚は汚職にまみれている…。そんな状況だが、「殺されるよりマシ」なのだ。
バグダッドをはじめ、米軍の攻撃にさらされた地域で、想像以上の「環境被害」が進行中だ。私は劣化ウラン弾によるものだと思うが、この被害については、今後も追いかけていきたいと思っている。

③ 戦争による格差の広がりと市民生活を圧迫する軍事予算については、今後の大きな課題である。イラクは今や3つの国に分かれてしまったといっても過言ではない。北にクルド、中央にスンニ、そして南部がシーア。内戦状態の中で、それぞれクルドにはペシャマルガ、スンニには覚醒評議会、シーアにイラク国防軍。つまりそれぞれが軍隊と警察を強化して、それぞれの地域を守っている状態である。
全てにおいて「国防中心国家」になれば、市民生活はどうなるか?当然予算は軍事に配分され、民生予算はカットされる。かくして電気は来ないし、きれいな水も出ない、ごみ焼却炉もないので、生ごみ処分場に難民たちが住み着く。学校はなく、病院も整備されない。これはイラクに限ったことではないが、「戦争は高くつく」のだ。改めて平和の素晴らしさを感じる。「平和な状態なら福祉や教育に回るお金」は、いわば「平和の配当」である。日本は憲法9条があったから米軍の占領後、軍事予算に脅かされず「平和の配当」を享受できた。イラクにも9条があれば、と感じる。
私の宿泊するマンスールホテルに、数人の中国人が泊まっていた。彼らは中国の石油企業社員である。昨年末から宿泊し、「オイルビジネス」を始めている。翻ってわが日本は?ようやくクルドのアルビルにJICAが3人来ただけ。おそらくバグダッドにはあと何年か後にしかやってこないだろう。その間に中国企業がおいしいところをさらっているかもしれない。「早い者勝ち」「取ったもの勝ち」の新自由主義。スーダンでもそうだったが、中国は石油利権にしたたかに食い込み、日本はその後塵を拝している。

④ 日本はどうするべきか? この設問こそ、私を悩ませる。もちろん、「9条精神」で平和外交を繰り広げ、中東やアフリカに食い込んでいくべきなのだが、果たして今の日本にそれが可能だろうか?日本が今後も「アメリカのしもべ」であり続けるのなら、おそらくそれは「緩慢な自殺」だろう。戦争中毒国家アメリカに無批判についていけば、日本の軍事費は拡大し、破産してしまうだろう。
今までのやり方をドラスティックに「CHANGE」して、「自主独立外交」を目指すべき時が来ている。多くの国会議員が2世3世で、政・官・財が癒着し、メディアがそれを伝えず、権力の軍門に下っているような日本で、果たして「CHANGE」が可能だろうか?

私は「イラクの子どもを救いたい」という単純な気持から、この運動を始めたが、本当に救われるべきなのは「次世代を担う日本の子どもたち」なのかもしれない。