ハッサンレポート 2005年07月31日

掲載日:2005年10月11日

ムサイブにおける大量虐殺、テロリストの心の闇を見た

7月16日夕刻、ムサイブ市で起こったことは、歴史上最も悲惨な出来事として人々の心に刻まれるだろう。歴史、つまりイラクにおけるバビロンの支配が及んだ地域の全ての歴史の上において。

ムサイブ市は「ジャフ・アル・シェイカー」という近隣の地区に住むテロリストグループからのテロ攻撃に悩まされてきた。あの悲劇当日、1人の青年テロリストが、油を満載した大きなタンクローリーを運転し、シーア派のモスクが建つ町の中心部までやってきた。青年テロリストは町につながる古い橋を渡ることができた。そこには警官がいたが、賄賂で警官の目は曇っていた。青年は大きなモスクの門前にタンクローリーを停車させた。そこは群集がたたずんでいたり、通行人が行き来していたり、人々が買い物をしていたり、家路を急ぐ人たちがいた。

火の玉は地上40メートルまで

その汚れたテロリストは、盗んだタンクローリーの栓を開け、油を、非常に燃えやすい油を周囲に流し始めた。そして彼はタンクローリーの下で自爆したのだ。すぐに火の玉がその地区全体を覆った。店の売り子、買い物客、通行人、ただ通りにたたずんでいた人々、全てが火の玉に飲み込まれた。その火の玉は地上40メートルまで燃え上がった。火の玉は周囲の建物、ビルを飲み込み、そこに住んでいる人々を焼き殺した。400人以上が焼き殺されてしまった。罪なき人々全てに悲しい物語がある。家に帰る途中の老新聞売りがいた。病気の父親のために薬を買って帰ろうとする先生が、薬と一緒に焼け死んだ。息子の死を聞かされた父親がショックで息を引き取った。火の手が迫るビルの屋上から、子どもを投げ下ろす母親がいた。もしかしたら下で子どもを受け取ってくれる人がいるかもしれないからだ。車の中で妻と子どもとともに焼け死んだ医者がいた。この恐るべきテロで殺されていった市民の惨劇の、これらはほんの1例だ。ムサイブ市民の声が届きますか?

この大惨事の背後にあるものは、ムサイブ市の、平和を願うシーア派の人々に対する、テロリストたちの恨み、憎しみだ。多くの識者たちは、内戦の勃発を恐れるためか、こうした事実を隠そうとするが、これがありのままの真実だ。世界中の人々に、テロリストたちの心の闇、腐敗した考え、汚れた手を知らせなければならない。その腐敗した心と汚れた手が世界中にテロリズムを広げていることを。自由で教養ある市民が、この脅威から目覚め、人類の敵テロリズムを終わらせることができるだろうか?ムサイブ市の人々は今、世界の人々に問いかけている。