ハッサンの証言

掲載日:2005年10月28日

イラク人のハッサン・アボッド氏が今年2月18日に来日し、全国各地でイラク戦争の実態を告発。3月末に無事イラクに帰国した。彼の話は衝撃的で、多くの日本のみなさんに、「やはり戦争で犠牲になっているのは立場の弱い人々、庶民だ」ということを印象づけた。以下、彼とのインタビューを紹介する。

1.彼の出身地 バビロン州ヒッラ市での自爆テロ

彼の来日中、2月末に、イラク選挙後もっとも大規模な自動車による自爆テロ事件があった。彼の出身地であることから、緊急に国際電話をかけて、ハッサンの知人のジャーナリストから、現地の模様を取材した。まず最初に電話がつながったのは地元紙「イシュタール新聞」の編集長ファーダル・アターイ氏(40歳)だ。事件直後の現場の様子を尋ねる。

「大変痛ましい事件だ。市場の前の病院が現場だが、周囲には人肉が飛び散っている。あちらに頭、こちらには手足…。殺された人々の多くは教師だった。教職免許を取るためには、病院で健康診断を受けねばならない。その診察を待っていたときに自爆テロ車が突っ込んだのだ」
警備はどうだったのか?
「ヒッラにはポーランド軍が駐留している。しかし最近の彼らは外へ出ると狙われるので基地に閉じこもっているのだ。治安回復には何の役にも立っていない。彼らは、こうした事件の後、ただ人々を逮捕するだけだ。テロに関与したという疑いをかけて無実の人々を拘束している」
地元警察は何をしていたのか?
「かつては治安維持に役立っていたが、最近ではポーランド軍と一緒になって『ゲリラ狩り』をするようになり、地元警察でさえ、暴力を押さえ込まなくなった。事件当時、現場には警察はいたんだ。でも自爆テロ車の侵入を防ぐことはできなかった」
それはなぜか?
「警察の中にテロリストのスパイがいる。自爆車は地元の人間しか知らない、細くて曲がりくねった抜け道を通ってやって来た。だからチェックポイントでの検問を免れたのだ。スパイが誘導しなければ実行不可能だ」

バビロンTVの事件記者エヘッサン・アリーにも電話が通じた。

現地の様子は?
「たくさんの悲惨な死体を見た。父親が2人の息子を抱きかかえたまま3人とも黒焦げになっていた。『母が死んだ、母が死んだ』と泣きじゃくる幼児がいた。靴磨きのおじさんが吹き飛ばされていた。現地には特性の冷蔵庫が置かれ、その中に死体が満載されている。でもまだ冷蔵庫が足りない。病院の状態はもっと悲惨だ。薬はないし、ベッドは足らない。人々は献血するために列を作っている。でも問題は『俺たちには血しかない』ということだ。輸血用の血はあっても薬もベッドもないから重傷者は助からないだろう」

2.ユーフラテス川沿いに住むアッバスさん(35歳)の場合

アッバース(35歳)という男がいた。彼はユーフラテス川のほとりに住んでおり、誰が見ても精神障害者と分かるようないでたちだった。あごひげは長く伸びっぱなしで、靴は履かず、ボロを身につけていた。2ヵ月半ほど前、米軍の戦車がユーフラテスを渡ろうとした。すると突然橋に仕掛けてあった爆弾が爆発したんだ。家のすぐそばで爆発があったものだから、アッバースは怖くなって、走って逃げ出した。走り去るアッバースをゲリラと勘違いして、米兵が誤射したのだ。

アッバースは殺されたのか?
「銃弾が肩に当たって、彼は重傷を負った。でも死んではいなかった。地面に転がる彼を見て、米兵がやってきて傷の手当てを始めたんだ」
なぜ米兵は手当てを?
「アッバースは一目で障害者と分かるから、『犯人ではなかった、間違えた』と米兵は慌てたのさ。傷の手当てを受けている時にアッバースは『水がほしい』と要求した。米兵が水を汲みに行っている間に彼は逃げ出した。よっぽど怖かったのだろう、一種のパニック状態だったと思う。逃げ出す彼を見た別の米兵が、2発目の銃弾を浴びせた。そしてかわいそうなアッバースは死んでしまった」

3.劣化ウラン弾によると思われるガンの被害

アブドラ君(5歳)はメソポタミア文明発祥の地、バビロン市で生まれた。彼は残念ながら皮膚がんで昨年12月に亡くなった。
抗がん剤が無かったからだ。俺が日本から薬を持って帰り、彼に与えている間は元気だった。(ハッサンは岐阜大学に留学していた)しかし薬が切れて、がんが進行したようだ。

彼の兄弟もがんなのか?
「7人兄弟で、すでに3人が同じ症状、つまり皮膚がんで死んだ。4人目がアブドラだった。残り3人の兄弟のうち、すでに1人のお腹には水が溜まり、危険な状態が続いている」
なぜ薬が不足しているのか?
「なぜかって?決まってるじゃないか、今のイラクは治安が悪く、どんな国際機関もNGOも援助できない状態だ。アブドラだけでなく、多くの子どもががんで死んでいる」
それは米軍が使用した劣化ウラン弾が原因だと思うか?
劣化ウラン弾が原因だとしか考えられないよ。7人兄弟の内、4人ががんで死に、残り3人も治療中なんだよ。でも誰もそれを証明できないんだ。放射線の専門家や医師は治安が悪くてイラクに入れない。

4.アパッチヘリコプターからの銃撃で家族を失う

ウム・ハイダー(48歳)はハッサンの近所に住んでいる。半年前のことだった。アパッチヘリがバビロン市の上空を旋回するのは、決して珍しいことではなかった。「また来やがった」住民たちはさして驚きもせず、その爆音を聞いていた。すると突然、地対空ミサイルが火を噴いた。街の中に潜んでいたゲリラグループが放ったミサイルは、すんでのところでヘリを捕らえることはできなかった。激怒するアパッチヘリ。低空飛行で発射地点を探しながら、疑わしき場所、疑わしき人物、車などを空爆した。その内の一発がこれだ。アパッチヘリからの砲弾は、いわゆるロケット弾である。すさまじい威力を持つロケット弾はハイダーの家の壁を貫き、28歳と24歳の2人の娘、そして2歳の孫を殺してしまった。ハイダー家は 年前に夫を亡くし、娘と孫が暮らす、いわゆる未亡人の家である。ゲリラが潜むような家ではない。「BY CANCE」。最後にハッサンがつぶやく。つまり「偶然、たまたま」。犯人を突き止めることもせず、ただ怒りによる気まぐれで殺されゆく罪なき人々。ハイダーには16歳になる息子がいる。おそらくこの息子は米軍を許さないだろう。そこに武器があれば、米兵を狙うかもしれない。かくして憎しみの連鎖が広がり、治安はさらに悪くなっていく。

5.イラク選挙の裏側

投票率が60%弱で、「選挙は成功だった」とアメリカは言っているが?
「とんでもない。投票した人の多くは、アメリカの圧力を感じていたんだ。『投票しなければ、食糧配給をストップされてしまう』とね。奇妙なことに投票月、つまり1月の配給カードは品目ががた減りだった。日常生活に必要な砂糖やパン、油や石鹸などが抜けていたんだ。俺の母親は『どうしたらいいんだ』と嘆いていたよ。これは占領軍の無言の圧力さ」
スンニ派武装グループが激しい選挙妨害を行なったが?
「そうだ。投票に行くのは命がけだった。比較的治安が安定しているバビロン市でも、投票所へ行くバスが爆破され乗客11人が死亡したり、投票所でイラク警察とゲリラが銃撃戦を始めたり…」
選挙後も治安は回復しないね
「今、ゲリラグループは投票に行った者を、裏切り者として処罰している。例えばバスに乗っていると、武装勢力がやってきて、「全員に手を挙げろ」という。1人1人の指をチェックしていくんだ」
なぜ指を?
「投票の際、全員インク壷に指をつけるんだ、2重投票を避けるために。そのインクはなかなか消えない。ゲリラが指をチェックして、青いインクがついている人の指をカットするんだ」
えっ、指を切るの?
「そうだ。見せしめに指を切っている」
今後、イラクが安定するにはどうしたらいいと思うか?
「何よりもまずアメリカが撤退することだ。アメリカはたくさんの無実の人々を殺してきた。もう誰もアメリカを信用しないよ。もちろん多国籍軍も同様に撤退しなければならない。日本の自衛隊かい?軍隊という点では同じだが、日本軍はまだ誰もイラク人を殺していない。その点では、(多国籍軍の中で)一番マシだ、という評価はあるよ。俺たちイラク人は日本のことを尊敬しているんだ。トヨタ、ソニーなどの素晴らしい技術を。軍隊ではなく、がんの薬や学校の建て直し、浄水場の復旧や発電所の修復など、日本にお願いしたいことは山ほどある」
国連が主体になるべきではないか?
「イラク人の間で、国連は信用されていないんだ。国連の経済制裁で多くの命が奪われてきたし、何より国連の背後にはアメリカがいる。だからなおさら日本への期待が膨らむんだ」

以上のような衝撃的な事実を語り、彼はイラクに帰国した。日本とイラクの市民レベルの交流がこれからも大切であるし、戦争の実相を伝えることで、9条改悪を阻止したいと願っている。今後とも「イラクの子どもを救う会」へのご協力をお願いします。