毎日新聞2004イラクレポート(1)

掲載日:2005年10月11日

なんだかおかしい自己責任

ファルージャ近郊で3名の日本人が誘拐された直後、私の衛星電話にマスコミからの取材が殺到した。

「バグダッドの様子はどうですか?」
「そうですね、毎日どこかで爆発音がしますが、人々は普通に生活しています」
「日本人3名が誘拐されたのは?」
「ええほとんどの人が知っています」
「で、どうですか、そちらへ行かれた西谷さん自身、自己責任を感じておられますか?」

自己責任?はて?奇妙なことを聞かれるなぁと感じていた。危険な地域と知りつつ、バグダッド入りしたことは確かだ。しかし私には日本からの募金と、子ども用手術道具を届ける義務があった。ラクでは劣化ウラン弾によると思われるガンの子どもや、クラスター爆弾で目や足を奪われた子どもがたくさんいるのだ。そして何よりもそうしたイラクの現実を日本に伝えることが必要ではないか。あの3名は、戦争の被害者を救おうとして、またその事実を伝えようとしてイラクに乗り込んだだけなのだ。自己責任などと言うのなら、一方的に戦争を仕掛け、何の罪もないイラクの人々を殺し続けているブッシュ大統領にこそ、自己責任をとってもらいたい。

高遠さんの記事を読み、心配するイラクの人々
高遠さんの記事を読み、心配するイラクの人々

3名誘拐の報を受けて、バグダッド緊急インタビューを試みた。街へ出て商店街のおっちゃん、学校帰りの中学生、モスクから出てくる黒服のおばさんなど、50人近くの人々を直撃した。結果は多数(8割以上か?)が「あの日本人は何も悪いことをしていない。誘拐するべきではない」というような回答で、少数ながら「アメリカに協力するどんな国もいらない。日本は敵になった」という人もいた。「アメリカとゲリラ、どちらを支持するか」という質問には圧倒的多数の人が「アメリカは最低だ。ゲリラにがんばってほしい」という反応。ファルージャでの大虐殺を契機に、「穏健イラク人」たちも反米に転じた格好だ。

フセイン像が倒され1周年、「フィロドス広場」は立ち入り禁止

フセイン政権打倒1周年。あの広場は厳戒態勢だった
フセイン政権打倒1周年。あの広場は厳戒態勢だった

4月9日、フセインの像が倒れた広場には鉄条網が張りめぐらされていた。米軍の戦車がマイクで「ここに入ってはならない」と叫んでいる。イラクに自由が来たのではなかったのか、アメリカ万歳と叫ぶイラク人であふれるはずではなかったのか。 戦車の中から米兵たちが銃を構えている。その姿を撮影しようとして近づいていくと「危ないぞ!マジでヤツらは撃って来るぞ」と現地の人々。これが「解放1周年」の現実だった。この日の前日、街角でひそかにチラシが回覧されていた。「明日から3日間、アメリカの占領に抗議し、ゼネストに突入する」。占領に反対するゲリラのチラシだ。多くの商店、学校が門を閉じていた。昨年までは「アメリカ対フセイン」の戦いであったが、 今や「アメリカ対イラク市民」の戦いに変わっている、と感じた。