イラクの最新状況と自衛隊

掲載日:2005年10月25日

五月晴れのさわやかな朝、私は自転車で兵庫県伊丹市に向かっていた。伊丹から自衛隊がイラクへ派遣されることに対して、その反対集会が基地の門前で開かれるからだ。JR事故で全国的に有名になった福知山線の伊丹駅を横に眺めながら、国道171号線に出る。自衛隊千僧基地はもう目と鼻の先だ。「無事に帰ってきてください」伊丹市商工会議所による黄色い横断幕。
無事に?それはそうだろう、でも自衛隊は何のためにイラクに行くのか?横断幕を写真に撮り、自転車にまたがる。その時だった…。

「すいませんねぇ。ここから先は通行止めです。本日自衛隊が式典を行ないますので」。機動隊の「群れ」が国道171号線を占拠している。千僧基地周辺は人も車も通行禁止。交差点からあふれんばかりに機動隊が立ちつくし、さながら「有事体制」そのもの。「何やのこれ?恐ろしいなぁ」おばちゃんが、ぶつぶつ言いながら「迂回路」へ誘導されている。

基地前で集会&デモ行進。「自衛隊はイラクに行くな!」と叫ぶ私たちの前を、派遣される隊員の家族を乗せたバスが通る。出発セレモニーに出席していたのだ。

「この1ヶ月間、基地の前でビラを配っていたんですがね、受け取ってくれるんですよ、隊員が。やっぱり彼らも行きたくない。家族も行かせたくない。内心では僕らにがんばれ、って思っている隊員も多いのでは」と、地元の平和運動家。

しかしそれにしても、だ。私たち「平和デモ」をしているのが、わずか100名ほど。基地を取り囲む機動隊は何百人もの隊列。「NO!WAR!」「イラク戦争反対」など、手作りプラカードを手にしている人たちが、機動隊のヘルメットの中に埋もれてしまいそうだ。60年安保やベトナム反戦運動当時は、少なくとも機動隊よりデモ参加者の方が多かったのでは?北海道から自衛隊がサマワに行く時は、あれほど騒いだ世間だったが、1年以上経つとこうも「冷えて」しまうものなのか。

かくして2005年5月7日、伊丹から自衛隊がサマワに飛んだ。「自衛隊が活動するところが非戦闘地域」(小泉首相)という、人をバカにしたような見解を政府が述べているが、実は非戦闘地域どころか、サマワも一触即発の地域だ。私のイラク人通訳であるS氏から現地の生々しい情報が届いている。伊丹から出発した自衛隊員が誰も殺さず、誰にも殺されないことを願う。

1.サマワの人々の自衛隊への評価は?

自衛隊はイラク人に繰り返し約束したことを、やろうとしない。ただ約束しただけだ。つまりイラク人を助けに来たのではなく、(アメリカの)占領軍を助けに来たのだということが明らかになった。先日サマワの人々は日の丸を通りで踏みつけた。自衛隊が初めてやって来たときは、人々は歓迎したが、今や事態は完全に変わってしまった。

2.自衛隊は給水活動をやめたが、では、彼らは今何をしているのか?

自衛隊は最初からサマワの人々に十分な水を供給していたわけではない。それで自衛隊は水が届かない町に、金を配ったのだ。(不満を抑えるためか?)自衛隊は「浄水場を作る」とまで宣言したんだ。しかしそれはウソで、実際にはたった8台の配送用トラックが機能しただけだ。フランスのNGOアクテッドは、サマワの人々のために75台のトラックで水を配給している。だから今や人々はアクテッドを尊敬している。

3.アクテッドはまだサマワにいるのか?まだ水を作っているのか?

アクテッドはイラク戦争終結後すぐ、つまり03年4月20日にやってきた。アクテッドは黙々とサマワ市民のために仕事をする。サマワ市民がアクテッドを尊敬し、その活動を守ろうとするから、彼らは危険ではないのだ。アクテッドが供給する水は無料だし、サマワ市民の80%に水がいきわたっている。そしてサマワから10キロも離れたアルワーカ市など多くの町に浄水場を作ってくれた。

4.自衛隊は近い将来、武装勢力から攻撃されると思うか?

今やイラクでは、起こりえないと思われたことが、問題なく起こるのだ。自衛隊が攻撃されるたびに、サマワ市民は喜ぶ。なぜなら自衛隊は人々のために何もしないからである。

5.もし自衛隊が人道支援をすれば、米軍はよく思わないだろう。米軍はイラクを破壊するためにやって来たのであり、復興させるためではない。米軍は多くの人々を毎日殺し続けている。彼らこそテロリストなのだ。イラク人はそれを知っているし、そのことを伝える多くの人々がいる。

S氏は引き続きサマワから情報を送ってくれている。日本のマスメディアはサマワから引き上げてしまい、自衛隊が何をしているか全然見えなくなって、ずいぶんと時間が経過した。確実にいえることは、自衛隊が1日駐留するだけで、私たちの税金が1億円使われ続けているということと、イラクは日増しに内戦状態になり、安全な場所はどこにもなくなったということだ。