アフガニスタン戦争から18年 タリバンの「本音」

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本日10月8日(日本時間)は、911事件後、アメリカが「テロとの戦い」と称して、アフガニスタン戦争を始めた日である。あれから18年、アフガニスタンでは泥沼の戦争が続いている。今年9月7日、トランプ大統領はツイッターでアフガニスタン戦争に関して「タリバンとの秘密協議」を中止すると発表した。この間、中東のカタールで米軍とタリバンの和平協議が進んでいて、米国内のキャンプデービッドで「秘密会議」が予定されていたのだが、直前の9月5日に首都カブールで米兵1人を含む12人が亡くなる自爆テロが発生したため、急きょ中止になったとされる。米軍もタリバンも本音では戦争を終わらせたいのだ。両者ともに疲れ果て、これ以上の犠牲は耐えられない。以下は2010年に行った「元タリバン外務大臣」とのインタビューで得た「タリバンの本音」である。

2010年2月、アフガンの首都カブールは大雪に見舞われていた。アフガニスタンというと「砂漠の暑い国」というイメージをお持ちの皆さんも多いと思うが、カブールの冬は寒いのだ。5千メートル級のヒンズークシュ山脈を見上げる高原都市カブールの冬の気温は氷点下20度まで下がる。だから難民たちの多くは冬に死ぬ。布切れ一枚のテントでガスなし電気なし暖房なし。風邪をこじらせ、肺炎で亡くなる子供達をたくさん見てきた。

そんなカブールの凍てつく国道を横切って、通訳のイブラヒームが私のホテルに駆け込んでくる。

「ニシ、アポが取れたぞ。取材に行こう」。「OK出たの?ホンマに行ってええの?」。

タリバン政権の元外務大臣ムタワッキル師はカブール下町の、とある邸宅に幽閉されていた。邸宅の住所は機密情報、その外観はもちろん、そこへのルートも撮影禁止。

「タリバンの幹部やろ?会えば危険なことにならない?」「彼は穏健派タリバンだ。危害は加えない。しかし大変誇り高い人物なので、失礼なことは聞くな」。そうかタリバンには穏健派と武闘派がいるのか。

「穏健派っていうけどタリバンはタリバンや。なぁ、行くのやめとこ」「こんなチャンスめったにない」。車内でのやり取り。弱気になる私と興奮するイブラヒーム。未舗装のデコボコ道を進むこと約30分、その邸宅は下町の路地奥にひっそりと佇んでいた。

邸宅の玄関は二重扉になっていて、銃を構えた兵士が2人。

「何しにきた?」。鋭い眼光で私たちを一瞥。身分証明書を見せ、アポがあることを告げる。トランシーバーで邸宅内部としばしのやりとり。兵士は無言で顎をしゃくる。「入ってよし」。

玄関ホールで待機。書生風の青年がやってくる。

「師は書斎におられます」。

こいつもタリバンなのかなー。青年についていくと書斎への扉が開く。(写真)

「ウエルカム(ようこそ)」。待っていたのは白いターバンに髭面、見るからにタリバン!の壮年が現れた。緊張しつつ、インタビューを開始する。

--名前と経歴を

「ムタワッキル。カンダハール出身でタリバン時代の外務大臣だ。911事件後、米軍に拘束され収監されていた」

--それは(キューバにある)グァンタナモ刑務所か?

「いや、アフガン国内のバグラム米軍基地にある刑務所だ。延々と尋問されたが拷問はなかった」

囚人として2年間拘束され、「テロリストではない」と判断されたムタワッキル師。しかし自由の身になれたわけではない。このように米軍&アフガン政府の監視下に留め置かれている。

--なぜあなたたちタリバンは米軍と戦うのか?

「侵略されたからだ。私たちは侵略者を許さない。ジハード(聖戦)で立ち上がるのは私たちの権利だ」

ここで「失礼な質問」をしてみたくなった。それは「自爆テロについて」だった。

--しかしイスラムでは自殺は禁止のはずだ。自爆テロはあなたの教えにそぐわないのではないか?

「(米軍とは)圧倒的な戦力の差がある。強大な米軍と戦うためには自爆テロは有効な手段だ。日本も同じことをしただろう?」

ムタワッキル師はここで「カミカゼ」と言った。彼らは「カミカゼ特攻隊」をモデルにして戦いを続けていたのだ。

--日本は先の戦争を反省し、アフガンに軍隊を送っていない。

「私たちは日本を評価している。先進国の中で日本だけが軍隊を送らなかった。アフガンの貧困層、子供達を殺さなかった。インド洋で(米軍などへ)給油しているのは知っている。あれはダメだ。しかし日本はカブール空港を作ってくれた。各地の小中学校も」

--日本が5千億円の復興支援を決定したことは知っているか?

「知っている。しかしその金はアフガン政府の汚職や戦争に消える。確かに電気もガスもないアフガンでインフラ整備は必要だ。しかしそれはこの戦争を終わらせてからだ。日本の支援は『きれいな服を水につけて、着られなくしてから手渡す』ようなものだ」

「日本は平和貢献に徹するのが一番だ」と強調するので、ここでとっさに聞いてみた。

「あなたは日本の憲法9条を知っていますか?」

「9条?一体なんだ、それは?」通訳のイブラヒームが尋ねる。

「えーっとね、9条というのはね、日本が戦争に負けて、もう2度と...」

イブラヒームに説明している時だった。

「I know (知っているよ)」とムタワッキル師。

えっ!この人、つまりタリバンの元外務大臣は日本の平和憲法を知っていて、9条は素晴らしい考えだ、と言うではないか。メディアで繰り返し報道されるタリバンは、テロを起こし、アメリカを叩きのめす、という声明を読み上げる姿ばかり。なんと、そんなタリバンの元外務大臣が憲法9条を褒めてくれた!

感動した私はムタワッキル師と堅く握手したのであった。(写真)

「もうこれ以上、戦いたくない」「早く平和になってほしい」。これがタリバンの本音だった。考えてみれば、911の衝撃が大きく、「ビンラディンをかくまっただけ」の容疑で、無差別空爆、殺戮を受けてきた人々なのだ。確かに極端なイスラム原理主義で、女性の人権、ハザラ人の大虐殺など「タリバンの戦争責任」は重大なものがある。しかしそれは国際司法裁判で正すべきであって、空爆で壊滅させることではない。

さて、今後のアフガンはどうなっていくのだろう。タリバンの善と悪を正しく見ることが必要だ。「なんとなくの悪者イメージ」という先入観は、西側メディアが刷り込んだものだ。ムタワッキル師の邸宅を出て無事ホテルに到着。通訳のイブラヒームと乾杯の後、どちらからともなくつぶやく。「現場を踏まないと、わからんこといっぱいやなー」。

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